『わたしの幸せな結婚』新章は美世と英国異能者の出会い。幸せな新婚生活では終われない、新たな出会いと成長【書評】
公開日:2025/7/23

数多ある物語のなかで、これほどまで多くの人に結婚を温かく見守られた物語はあっただろうか。シンデレラ・ストーリーといえばそうだが、妻・夫ともに幾多の困難に遭遇してきたこれまでのストーリーは、本家のシンデレラ以上に過酷なものだった。だからこそ、結婚して幸せいっぱい、甘い新婚生活がたっぷりな9巻になると思っていたが…
アニメ版で世界的ヒットとなった原作「わたしの幸せな結婚」シリーズの第9巻である『わたしの幸せな結婚 九』(顎木あくみ/KADOKAWA)は、少女が愛されて幸せになるまでの物語から、婚礼を経て、稀なるおしどり夫婦の物語へとストーリーが展開し、いよいよ新章に突入した。
「わたしの幸せな結婚」シリーズは、顎木あくみ氏によるライトノベル。2019年に1巻を刊行して以降、シリーズは現在までに9巻が刊行され、シリーズ累計900万部を突破している大ヒット作だ。明治・大正を思わせる架空の時代を舞台に、継母たちから虐げられて育った少女・美世が、孤高のエリート軍人・清霞と出会い、未来を切り開いていく異色のシンデレラ・ストーリーである。
シリーズの1~7巻では美世と清霞が結婚に至るまでと、そのなかで起こるさまざまな困難――美世が生まれ育った斎森家との決別、美世の異能者としての能力の目覚め、そして実母と縁のあった男・甘水直率いる異能心教との対峙が並行して描かれた。
タイトルだけ見れば鉄板ラブストーリーに思えるかもしれないが、本作は一般的な恋愛モノではない。これほどまでに多くの人に刺さる作品となった一番の理由は、主要キャラクターが持つ「異能」という能力が、キャラクターの気持ちだけではどうにもできないほどの大きな影響を及ぼしていることにある。
既刊の描写からも「異能」の有無や「異能」の能力の強さが人間的な価値の全てに直結し、異能者が生まれる名家が重んじられてきたことが読み取れるが、9巻では旧都にある清霞の本家「宮小路家」が登場し、異能を重んじるが故に過去に恐ろしい行いをしていたことが明らかになる。
また「異形」と呼ばれる強敵の存在も脅威だ。8巻の短編では、大学時代の清霞が軍に入隊する決意を固めるきっかけとなった伝説の異形「土蜘蛛」との因縁が描かれた。「土蜘蛛」は歴史上たびたびその時代の名のある武者や異能者と戦っているが、完全な討伐には至っておらず、畏怖の象徴のような異形として語り継がれている存在。この「土蜘蛛」が9巻以降の大きな敵になると思っていたが、敵はそれだけではなかった。
今回新たに、魔術の本場・英国の異能者たちが美世たちに接触してくる。これによって物語のスケールが一段と広がった。もともと美世は実家で使用人のような扱いを受けて街にすら出たことが無かったのに、清霞と出会い、異能に目覚めたことで国の中枢、そして国外へと、異能を通じて世界が広がっているのだ。これから立ち向かうであろう敵らしき存在も見え隠れしてきたことで、まだまだ甘々な新婚生活とはいかない雰囲気が感じられる。結婚してハッピーエンドでいいじゃないか!という思いと、この2人の結婚生活がどう続いていくのか見届けたい気持ちがせめぎ合う。
自分の心を押し殺していた美世が、思ったことを口にしたり、異能の能力を自在に使うことができるようになっていたりと、美世の成長っぷりにも注目だ。
ほのぼのと愛おしい新婚生活のなかに、影を落とすような脅威が迫っているように感じられた9巻。ちょっとやそっとではブレることのない2人の愛を感じるシーンは、日だまりのような温かな気持ちにさせてくれるが、今後の展開が気になるばかりだ。
文=鈴木麻理奈