歌人・岡本真帆が『死にプロ』をイメージした連作短歌を詠む!「恋人じゃなくてもきみは優しいね」切なくも美しいラブストーリー【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/7/28

届かない想いと、そばにいる優しさ。短歌に込めたことばの温度

――どの短歌もとても心に響くものばかりですが、特に「あなた」と「きみ」の使い分けに何か想いが込められていそうで、何度も読み返してしまいました。

岡本:嬉しいです。連作短歌をつくるときって「あなた」と「きみ」が混在していると、場合によっては良くないとされることもあるかもしれないのですが、私はわりと使い分けるタイプなんです。

『落雷と祝福』に収録されている「A子さんの恋人」の短歌でも、「この先もきっとあなたを思い出す そうでしょう?きみも 高いところで」というように、「あなた」と「きみ」をあえて同居させています。

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 私のなかで「あなた」は心のなかだけで呼びかけている相手。一人静かに思いを寄せているときの言葉のイメージなんです。一方で「きみ」は、実際に語りかけているときや、目の前にいるような距離感の呼びかけ。もっと近しい、直接的な言葉という感覚があります。これまであまり意識して言語化してこなかったのですが、いま改めて考えてみると、そういうニュアンスで自然に使い分けているのかもしれません。

 例えば、今回の『死にプロ』短歌の「巻き戻る時間のなかで心だけまだ続いてるそうあなただけ」はまさにオリアナが心のなかでそっと呼びかけているような距離感。

 対して、「恋人じゃなくてもきみは優しいね シダーウッドの香の安息地」は、物理的にも気持ち的にもすごく近くにいるシーンをイメージして詠んだので、「きみ」がしっくりきたんだと思います。「編むことは祈ること 風 繰り返し繰り返し恋うきみの幸せ」もそうですね。オリアナがミゲルの髪を編んでいる、手の届く場所にいる温かさを想像しながら書いたので、「きみ」という語が自然と出てきた気がします。

――今回詠んだ短歌のなかで、気に入っているものを挙げるとすれば、どれになりますか? その短歌に込めた想いや、言葉の選び方で工夫された点などがあれば教えてください。

岡本:オリアナ視点で詠んだ「恋人じゃなくてもきみは優しいね シダーウッドの香の安息地」です。まず、シダーウッドの香の話は絶対に入れたいと思っていたんです。オリアナがヴィンセントに会うたびに、その香りを感じている描写があったので、『死にプロ』の短歌を詠むうえでは絶対に欠かせないモチーフだなと感じていました。

 この短歌のイメージとしては1巻のラスト。雷が鳴るなかで、ヴィンセントがオリアナに上着をかけてくれるあのシーンなんです。あそこで、ふたりの距離がぐっと近づくので、その瞬間をどうにか短歌で表現できないかと思って書きました。

 ただ、「雷から守ってくれた」とか「上着を貸してくれた」とか、すべてを説明してしまうと、かえって台無しになってしまう気がして。だから「恋人じゃなくてもきみは優しいね」という言葉に、あのときオリアナが感じた切なさや、届ききらないヴィンセントへの想いを込めました。

「守るよ、わたし」は誰の声? オリアナと重なった瞬間

――他に、特に思い入れのある一首を挙げるとしたら、いかがでしょうか?

岡本:「うれしいの、出会い直してわかったの(ああ)(すごく好き)守るよ、わたし」という一首です。これもオリアナ視点の短歌なのですが、もう、ほとんど彼女の言葉をそのまま借りたような気持ちで詠んでいます。

 実は、書き上げたとき「あっ、オリアナがここにいる」と思ったんですよね。オリアナの気持ちと、短歌を通じて一瞬だけ重なり合えたような、そんな心地でした。

 この一首は、何か特定のシーンを描いたというよりも、オリアナの行動原理や信念そのものを表したいと思って詠んだもの。『死にプロ』のなかで私がいちばん惹かれたのは、彼女のひたむきさや純粋さで。だからこそ、それを短歌のなかにどうしても残したいと思ったんです。

 そんな彼女のまっすぐな想いが、言葉のなかにきちんと宿ってくれたような気がして、自分で書いた短歌なのにちょっとグッときてしまいました。

――短歌はもちろんですが、「オリアナがここにいる」と感じられたというお話にこちらもグッときてしまいました……。作品からインスピレーションを得て短歌を詠む際に、そういった感覚はよくあることなのでしょうか?

岡本:この短歌はいちばん最後につくったものなんです。他の短歌は、どちらかというとシーンの状況や関係性を短歌の言葉に落とし込んでいくような感覚でつくっていて。言うなればト書きに近い部分もあったのですが、この短歌だけは違いました。

 先ほどお話しした「カメラをどこに置くか」という話にも近いのですが、この短歌では、よりオリアナの心に近い場所にカメラを寄せてみようと思ったんですよね。時間を巻き戻ってヴィンセントを救おうとする彼女を、連作短歌で描写してきたなかで、最後にふっと、オリアナ自身の声がこちらに届いた……。「守るよ、わたし」という言葉が自然と出てきたときに、ああ、やっぱり彼女が本当に言いたいのはこういうことだったんだなと、自分のなかでも腑に落ちたと言いますか。

『落雷と祝福』に収録している他の作品では、こちらが冷静に観察して、「きっとこう言ってるだろうな」と想像しながら短歌にすることはあっても、今回のように登場人物が語りかけてくるような体験はあまりなくて。でも今回は、短歌をつくる途中でふっとキャラクターが現れてくれた。そんなふうに思える一首をつくれたことが、自分にとっても印象深い体験になりました。

――制作の裏側をたっぷりとお聞かせいただき、ありがとうございました。短歌を通して、『死にプロ』という作品やキャラクターにより近づいていけるような。そんな新たな楽しみ方が生まれたように感じました。最後に、今回の短歌が読者の皆さまにどのように届いたら嬉しいか、あるいは、どんなふうに味わっていただけたらとお考えか、メッセージをお願いいたします。

岡本:短歌に限らず、私は作品の解釈に正解や不正解ってないと思っていて、読む人それぞれが、自分の感覚で自由に受け取っていいものだと思うんです。ですので、今回の短歌を読んで「もしかして、あのシーンのことかな?」って想像したり何か共感しながら楽しんでいただけたらすごく嬉しいです。

 それに、そもそも自分がSNSで『死にプロ』が好きだと発信していなかったら、今回の短歌のお話もなかったはずで。改めて自分の好きを発信してきて良かったなと感じています。

 新刊『落雷と祝福』も、自分の「好き」を中心に書いた一冊です。やっぱり、これからも好きなことは、どんどん言葉にして伝えていこうと思いましたし、それが微力ながらも作品を応援することにつながっていたら、こんなに嬉しいことはありません。

〜編集後記〜

取材終了後、編集部からお渡ししたのは、コミカライズを担当する白川蟻ん先生のサイン本!
取材終了後、編集部からお渡ししたのは、コミカライズを担当する白川蟻ん先生のサイン本!

ミゲルと『落雷と祝福』にちなんだイラスト&メッセージに加え、現在は販売が終了している公式グッズ「シダーウッドの香水」の香りが染みこんだ、ヴィンセントのイラストカードも同封。思いがけないプレゼントに、岡本さんも思わず笑顔に。作品を愛する気持ちが、作り手と受け手の間で優しく交差するような、あたたかなひと時となりました。

取材・文=ちゃんめい 撮影=島本絵梨佳

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