先輩はなぜ姿を消したのか?「ほんとうの幸い」とは?宮沢賢治の言葉をたよりに謎を追う、高校生たちの青春群像小説『銀河の図書室』【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/7/25

銀河の図書室
銀河の図書室名取佐和子/実業之日本社

 星がきらきらと輝いてみえるのは、真っ暗な夜空を背負っているためだろう。青春も同じではないだろうか。まばゆいばかりのきらめきと、途方もない痛み。悩み、もがきながらそれでも駆け抜けていく日々。

 そんな青春のひとときを描くのが『銀河の図書室』(名取佐和子/実業之日本社)。第71回「青少年読書感想文全国コンクール」【高等学校の部】(主催/全国学校図書館協議会・毎日新聞社)の課題図書に選出されているこの小説は、青春の真っ只中にいる人だけでなく、そんな時期をとうに通り過ぎてしまった大人たちにこそオススメ。きっとあなたも、悩みながらもがむしゃらに過ごしたあの日々を思い出さずにはいられなくなるだろう。

 主人公は、県立野亜高校の2年生になった男子高校生・チカ。宮沢賢治を研究する弱小同好会イーハトー部に所属する彼は、ここ半年、ずっと心にぽっかり穴が空いたような気持ちでいる。どうしてかといえば、それは、この部活にチカを引き入れた部長・風見さんが突然不登校になってしまったせいだ。

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 風見さんは、修学旅行の直後、チカに「ほんとうの幸いは、遠い」というメッセージを送ったのを最後に、学校に来なくなってしまった。風見さんとチカのふたりだけだった部活に、同級生のキョンヘと、新入生の女子・マスヤスという仲間が加わるも、チカの心は晴れない。

 だが、マスヤスの提案で、チカはイーハトー部のみんなとともに「ほんとうの幸いは、遠い」という言葉の意味を探ろうとする。「ほんとうのさいはい」という言葉が登場する、宮沢賢治の未完の傑作『銀河鉄道の夜』や、賢治が残した言葉や詩をひもとくことで、先輩の思いに近づけないかと模索するのだ。

 チカにとって、風見さんは高校生活のすべてだった。もともと宮沢賢治のファンというわけではなかったチカは、風見さんとひょんなことから知り合ったことでイーハトー部に入り、風見さんの影響で宮沢賢治の作品を読むようになった。チカから見た風見さんは明るくて、親切で、面白くて、行動力があって、全然偉ぶらない、最高の先輩だった。そんな風見さんの身に何があったのか。

 それを探るイーハトー部のメンバーにも、それぞれ悩みがあり、葛藤がある。チカが抱え続けるトラウマ。率先してイーハトー部に入ってくれたキョンへが「仮入部」という立場にこだわる理由。人前に立つことが苦にならない、他の部活からも勧誘されるマスヤスが話さない過去の出来事。一緒に図書室で過ごした時間、ビブリオバトルに挑戦した文化祭、ちょっぴりすれ違った体育祭、図書室にみんなで泊まった夏合宿、そして、宮沢賢治の故郷を訪れた修学旅行……。

 それぞれの「ほんとう」と向き合い、その苦しみを吐露しあった彼らは、いつしかかけがえのない絆で結ばれていく。その過程にどうして心揺さぶられずにいられるだろうか。

 そんな日々に重なり合うのが、宮沢賢治の言葉だ。もしかしたら「宮沢賢治の作品は読んだことがない」という人もいるかもしれないが、何の心配もいらない。高校生たちの賢治愛に触れ、その悩みに触れていくうちに、自然とその言葉に惹きつけられることだろう。かく言う私は、正直に言えば、宮沢賢治という作家に苦手意識さえ感じていていた人間だ。だって、賢治の作品は、ひねくれ者の私には優等生っぽくて、もっと言えば、偽善めいて感じられたから。だが、この作品を読むと、その印象は変わる。

「そのまっくらな巨きなものを おれはどうにも動かせない  結局おれではだめなのかなあ」

 賢治はそんな言葉を紡ぎながら、どれほどの葛藤を抱えていたのだろう。賢治の言葉のひとつひとつが、高校生たちの心境とマッチしていて、あまりにも切ない。「ああ、宮沢賢治の作品を読み直してみたい。今読み直したらきっと昔とは違う読後感を味わえる」——昔読んだ本を、前とは違う読み心地で味わえるかもしれないだなんて、もしかしたら大人ならではの贅沢かもしれない。

「ほんとうの幸い」とは何なのだろう。その問いの難しさを、大人は子ども以上によく知っている。だからこそ、クライマックスは号泣必至。彼らがもたらしてくれた答えは、何だか、過去の、自己嫌悪に苛まれ続けていた学生時代の自分までも救済してくれるかのようだ。

 せっかくの夏休み、子どもと一緒に本を読みたいなら、絶対にこの本だ。悩み、友情、そして、恋……。瑞々しく、愛おしいこの物語は、きっとあなたの心にも染み渡るはず。そんな傑作の青春小説を、この夏、あなたの傍らにも是非。

文=アサトーミナミ

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