sumika片岡健太のエッセイ連載「あくびの合唱」/ 第14回『ことばの歩き方』

文芸・カルチャー

公開日:2025/7/31

敬語かタメ口か。
コミュニケーションにおける言葉遣いに迷い続けている。

数年前までは相手が年上・年下問わずに、全員に敬語で話していた。映画「耳をすませば」の登場人物、聖司君のお祖父さんである、西 司朗に憧れていたからだ。
中学生である主人公の雫さんが書いてきた自作小説を、プロの小説家が書いたもののように扱い、孫ほど年が離れていても敬語を使って対等に接する姿勢にいたく感銘を受けた。以来、年齢を重ねても年下の人にも敬語で接しようと僕は心に決めたのだ。

そんな決意にヒビが入りはじめたのは、友人バンドマンが言った「年上の敬語って距離を感じて怖くない?」という一言だった。
フェスに出演した際に、僕らの楽屋に後輩が挨拶をしにきてくれた様子を、彼は廊下で見ていたようだ。後輩に対していつも通り敬語で接しつつ、常に下手を取りにいくような姿勢が、友人には怖く映ったらしい。

「あれは距離感縮めづらいよ」と言った友人を慕う後輩バンドマンは、確かに多かった。彼の挨拶の応対を見たことがあるが「おー!わざわざありがとね!今日の出番は夕方だっけ?観に行くわ!お互いがんばろ!」という、なんだかちょうどいい言葉遣いとちょうどいいテンション。確かにこっちの先輩の方が話しかけやすい。僕が尊敬する先輩に挨拶に行ったときにも、敬語よりも適度なタメ口の方が、後輩としてのスタンスを取りやすくて、逆に気を遣わずに接することができる。自分自身が居心地の良いスタンスを決めて動くのではなく、本当に大切なのは相手の居心地の良さを重視することなのでは?と考え直す出来事だった。

そして、これは年下の人への対応だけではない。最初はお互い年齢が分からなかったけど、話を進めていくうちに同い年だということが発覚した瞬間に「うぇーい!タメじゃん!じゃあ今からタメ口でもいい?」案件にも適用されるのだ。

まず僕の好みの話をしてしまうと、この流れは相当苦手だ。同い年であっても“初対面”の方を重視したら、しばらくは敬語の方が適切だと思ってしまう。突然タメ口になったとしても、序盤で交わしていた敬語が滑稽に思えて、その高低差で風邪を引きそうになる。加えて、この運用法は事前審査をしっかりと行わないと、落とし穴に落ちる可能性があることを忘れてはならない。タメ口運用でしばらく会話を続けた後に「てか何月生まれ?」「1月」となった後に、「えぇ…、一学年上じゃねえか」という一学年上トラップが発動する可能性もあるのだ。そうなると、にっちもさっちもしっくりこなくなる。無理矢理タメ口を続けてみても、内心「一学年上の先輩なんだよな」という違和感は消えない。エセ同い年の会話はどこかぎこちなくなる。では、敬語に戻した世界線はどうか。これも微妙である。一瞬でもタメ口で喋っていたお互いの記憶は消えない。そして、たった数ヶ月の誕生日の違いでここまでガラッと言葉遣いが変わることへの違和感も拭えない。

と、気付いたらこの件で筆が進みすぎている自分にびっくりなのだが、「ウェーイ!タメじゃん」案件にも柔軟にならなくてはいけないのだ。前途したように、自分のスタンスよりも相手のスタンスを優先するのであれば、これは相手がタメ口で喋っていた方が良いのだという気持ちを優先してあげるべきだ。この“良い”が何を指すのかは人次第だが、タメ口を提案してくる時点で、自分と仲良くなりたいと思ってくれている可能性は高い。「タメ口の方が距離感を縮めやすくて、心地よく喋れる」、きっとこんな風に考えて相手から提案してくれているのだ。そういう時は四の五の言わずにタメ口で喋った方がいい。

年上に対してもそうだ。ある程度こちらが言葉を崩して話した方が話しやすいと感じる人や、人によってはタメ口で喋った方が喜ばれることもある。基本的に最初は敬語から始めて、相手のスタンスを見極めてから、言葉遣いをカスタマイズしていく。そうした方が適切な距離感で人間関係を築けることが多い。ここ数年、そんな試行錯誤しながらさまざまな人と会話している。

先日、自宅で友達と酒を飲んだ。その場にいた全員がジブリ好きだったので、お互いが好きなシーンを流そうぜということになり、僕は「耳をすませば」の例のシーンを流した。司郎の立ち振る舞いはやはり大人気で、飲んでいた友人の1人が「中学生の大事なものを全力で肯定する様に痺れるよな」と言った。

パチンと何かがハマる音が聞こえた。最も大切なのはこれだ。言葉遣いは、相手に対して正しく自分のスタンスを伝えるための手段。中学生が受験勉強に充てる時間を削ってでも作り出した“大切なもの”を、同じように大切に扱う気持ち。孫ほど離れた年齢差でも、中学生の雫さんと対等な立場で向き合いたい気持ちを伝えるための“敬語”なのだ。

大切な気持ちを汲み取っていたのは、件の友人バンドマンも同じだ。「今日の出番夕方だよね」と言って、「一緒に頑張ろうぜ」と崩した言葉で伝える。相手が一番大切なのはライブであり、その日のライブが上手くいくように嫌味でも圧でもなく、なるべくフラットに伝えるための口調。

これらは相手の気持ちを汲んで打ち返した、愛のある後攻コミュニケーションと言えるだろう。
「ウェーイ!タメじゃん」や先輩の目線合わせは、良い関係性を築きたいと自ら矢印を出してくれた、前向きな先攻コミュニケーション。
相手の大切なものを、自分も同じように大切にできているかを考えれば、自然と言葉はついてきてくれるはずだ。

関係性を繋ぐ言葉が、敬語だろうとタメ口だろうと、僕らはきっと仲良くなれる。

撮影=片岡健太
撮影=片岡健太

編集=伊藤甲介(KADOKAWA)

<第15回に続く>

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片岡健太
神奈川県川崎市出身。sumikaのボーカル&ギターで、楽曲の作詞作曲を担当。キャッチーなメロディーと、人々に寄り添った歌詞が多くの共感を呼んでいる。これまで4枚のフルアルバムをはじめ、精力的に楽曲をリリース。ライブでは、人気フェスに数多く出演するほか、自身のツアーでは日本武道館、横浜アリーナ、大阪城ホールなどの公演を完売。2023年には、バンド史上最大規模の横浜スタジアムワンマン公演を成功に収めるなど、常に進化し続けるバンド。