甘酸っぱい恋を邪魔するものは、自分自身の過去でした――大切な人を傷つける「過去の過ち」と向き合う、甘くない青春小説【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/7/26

ほころぶしるし
ほころぶしるし川上佐都 / ポプラ社

 誰のことも傷つけずに生きている人間なんていないし、失敗と反省をくりかえして大人になるのだ、といえば聞こえはいいが、傷つけられた誰かにとっては一生のトラウマになっているかもしれない現実に、たいていの人は向き合わずに過去のものにしてしまう。でも、誰かを傷つけた事実は決して消えないし、消えないからといって、その反省を自分が心地よく生きるための「糧」にしてはいけないんだと、改めて気づかせてくれるのが、川上佐都さんの小説『ほころぶしるし』(ポプラ社)だ。

 最初は、初々しくみずみずしい、ボーイミーツガールの小説だと思った。親に誘われて、高校を休んで参加した平日の豆腐づくりツアー。途中のパーキングで高校2年生の道田奈央は口もとに味噌をつけながらねぎまきをほおばる少年に出会う。連絡先を交換することはできなかったけれど、そう遠くない場所に住んでいると教えてもらっていた奈央は、一縷の望みを抱いて図書館を訪れ、見事、再会を果たす。

 磐田陸、と名乗る彼のささいな一挙手一投足に、胸を弾ませたり落ち込んだりしながら、奈央は少しずつ距離を縮めていく。「小学生のとき、暇すぎて家からいろんな施設までの歩数を数えた。図書館までは千五百歩くらい」などと言う彼のユニークさや、淡々としているけれど奈央を気遣っているような雰囲気に触れるだけで、一緒に恋をしてしまいそうな気持ちになるし、恋心を自覚したとたん「彼のことで頭をいっぱいにしてもいいんだ」とお墨付きをもらえたように浮かれる奈央にもときめく。

 過去につきあった相手はいるけれど、奈央にとってはおそらく初恋。「今度また会えるなら、話しかけるのは今日じゃなくてもいい」と思える純真さもふくめて、羨ましくなる。幼なじみで親友の千恵里が片思いする先輩はなかなかてごわそうだけど、そっちもうまくいったらいいのにな、なんてのんきに読み進めていたから、待ち受けている展開はあまりに予想外であった。

 なんと陸には、奈央と千恵里と過去に浅からぬ因縁があったのである。でもそのことを、奈央はすっかり忘れていた。正確には、その因縁がもたらした罪悪感は彼女の無意識に根を張っていたし、その反省があるから、今の彼女は魅力的な「いい子」だ。けれど、反省して、変わったからって、それがすなわち過去への贖罪になるわけではないということが、残酷にも、陸との関係を通じて描かれていく。

 部活の先生が奈央に言うように、失敗も過ちもすべて忘れず抱えて生きていくのは苦しいし、できることは「二度と同じことはしない」くらいなのも確かだけれど、過去の自分のふるまいが、今、大切にしたい人を傷つけていると知ったとき、奈央はそれ以上の解決を迫られることになる。ただの甘酸っぱい恋では済まない、奈央に突きつけられたその問いは、読み手である私たちをも葛藤させる。けれど同時に、すべてが美しく元通りにはならない現実を踏まえながら描かれるからこそ、奈央の決断は読む人の心を打ち、失敗や過ちを抱えるすべての人にとっての希望となる。

文=立花もも

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