服部半蔵が「馬とも鹿とも分からない獣の顔」に? 罪人・服部が処刑人・山田朝右衛門と共に怪異に立ち向かう『馬鹿化かし』【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/8/2

馬鹿化かし
馬鹿化かし藍銅ツバメ/集英社

 日本ファンタジーノベル大賞を受賞した著者の最新作『馬鹿化かし』(藍銅ツバメ/集英社)は、エンターテインメント色の強い、幕末を舞台にした怪異ファンタジー小説だ。

 主人公の山田朝右衛門(やまだ・あさえもん)は、罪人を斬首する将軍家の処刑人。先代から役目を引き継いだ彼は、29歳という若さでありながら、淡々と罪人の首を斬り落とす日々を送っていた。

 ある時、処刑場に首から上が「馬とも鹿とも分からない獣の顔」という奇怪な罪人が現われる。しかも、そう見えているのは朝右衛門だけのようだ。いつも冷静な彼も動揺し、罪人を斬り損ね逃亡させてしまう。

 だがその半獣は再び朝右衛門のもとを訪れる。

 自分は300年前から生きている服部半蔵というもので、ある憑きものにより不老不死。朝右衛門とは昔会ったことがあるので、そのよしみでお仕えしたいと申し出てきたのだ。

 訳が分からない朝右衛門だが「死なない」という点に惹かれ、半蔵を傍に置くことに。そして二人は、おかしな相棒(?)となり、様々な「怪異」に関わっていくのだが……。

 この物語は「憑かれているもの」と「憑いているもの」たちのお話だ。

 朝右衛門はある存在に憑かれ、そのせいで自分に関わる人々――師匠や想い人、兄弟子たち――をことごとく亡くし、寿命が尽きるのを待つだけの、孤独な生活を送っている。半蔵は不老不死の化け物の呪いに憑かれ、他にも「指」に憑かれたもの、犬神に憑かれたものも登場する。彼らの悲哀が織りなす物語も、本作の読みどころだ。

 また沖田総司や土方歳三、吉田松陰など、歴史上の人物が活き活きと登場するのも面白い。そこまで深く関わるキーパーソンというわけではないのだが、歴史好きの読者にとっては、たまらない高揚感がある。

 得てして、オリジナルストーリーの中に「ただ人気があるから」という理由で歴史上の人物を出しても、むしろ歴史好きは鼻白んでしまうものだが、本作は全くそんな風には感じなかった。朝右衛門と半蔵との絡みをもっと見てみたいと感じさせてくれる。それもこれもこの二人が、魅力あふれるキャラクターだからであろう。

「憑かれているもの」も魅力的なら、「憑いているもの」にも個性がある。ネタバレになってしまうのであまり書けないが、悪役として登場する人外のものたちも段々と好きになってくるし、安倍晴明の子孫を名乗る、うさんくさい陰陽師もいい味を出している。

 更にお話の終盤で、朝右衛門と半蔵の「長きにわたる関係性」の真相が分かるのだが、ここまで各話で描かれていた内容が一本の線になり、様々な伏線が繋がる瞬間は、読んでいて最高に心地よかった。ぜひ一読ではなく、二読してほしい。

 本作は一応の完結をしているものの、まだまだ問題は残っているし、朝右衛門と半蔵の関係がより一層深まった今、さらなる展開が期待できそうだ。

 この「憑かれている」二人の、300年の絆と今後の生き様を、もっと読み続けたい。そう思わせてくれる一冊だった。

文=雨野裾

あわせて読みたい