“スーパーセックスワールド”をどう生きる?「アセクシャルかもしれない」主人公を通して描く、この世界の歩き方【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/8/26

女王様の電話番
女王様の電話番渡辺優/集英社)

「この世界はスーパーセックスワールドだ」

女王様の電話番』(渡辺優/集英社)の冒頭の一文を読んで、「わかる……」としみじみうなずく人は多いのではないだろうか。ネットニュースは熱愛や不倫、性加害の話題で持ち切りだし、飲食店に行けばこれから恋愛が始まりそうなカップルや恋バナで盛り上がるグループの姿が。ドラマや映画などフィクションの世界も、恋愛やセックスであふれかえっている。同世代タレントが不倫で世間を賑わせても、「恋愛するより寝ていたい」と思ってしまう人間からすると、スーパーセックスワールドはなんだか別次元のようにも感じられる。

 この物語の主人公・志川も、スーパーセックスワールドの難解さに首をひねる日々を送っている。28歳になる彼女のバイト先は、SM女王様をデリバリーするマッサージ店の電話番。客の好みに合う女王様のマッチング、運転手の手配、面倒な常連客の対応などをこなす毎日だ。

 そんな彼女の仕事の楽しみと言えば、推しの女王様・美織さんと話すこと。初対面の時、緊張する志川を優しくハグしてくれた美織さんは、色気と愛らしさ、知性を兼ね備えた50歳の美女だ。ある日、志川はそんなあこがれの女王様と食事の約束を取り付ける。だが、当日にドタキャンされたうえ、美織さんはそのまま音信不通に。職場の人たちは「よくあること」と気にも留めないが、志川はトラブルに巻き込まれていないかと心配でならない。そのため、独断で美織さんの行方を捜そうと決意する。

 しかし、履歴書に書かれていた住所は嘘。常連客のアパートを訪ね、同僚の女王様から話を聞き、美織さんが失踪前に接客した相手に会いに行き……と捜索を進めるが、彼らが語る美織さんの人物像もそれぞれ食い違っている。美織さんは今どこにいるのか、彼女はどんな人なのか。謎が謎を呼び、ページをめくる手が止まらなくなっていく。

 美織さんの謎を追うと同時に、これは志川本人がセックスワールドをどう生きていくかという物語でもある。「美織さんが好き!」という気持ちに衝き動かされて彼女を捜しはじめた志川だが、それは恋愛感情ではない。そもそも志川は、好きな相手とでも性的行為に強い拒絶感を抱く人間だ。過去には会社の先輩と付き合う寸前までいきながらも、それが原因で交際にはいたらず、同僚から悪女扱いされた経験もある。

 自分はアセクシャルなのか。そんな自分が他人に好意を示すことは、思わせぶりでよくないことなのか。だとしたら、セックスに支配されたこの世界では、深い人間関係を築くことができないまま孤独に生きるしかないのか。ダブル不倫を楽しむ友人、風俗経験のある友人、彼氏の浮気疑惑に悩む友人、レズビアンのバイト仲間、風俗マニアなど、性愛に対してさまざまな価値観を持つ人たちと話し、志川は驚きや納得、疑問を感じながら自分自身と向き合っていく。その姿は、不可思議なスーパーセックスワールドの謎に挑んでいく冒険者のようだ。

 志川はアセクシャルかもしれないが、どんなセクシュアリティであれ、スーパーセックスワールドに違和感を覚えている人はいるだろう。男女間の友情は成立するのかといった狭い話ではなく、もっと広い意味で「いいな、好きだな」と思う相手と自由に関係を築ければ、誰もがラクに生きられるんじゃないだろうか。ぐるぐると考え、自分なりの答えを見つけようとする志川の姿は、自分の凝り固まった性愛観、人間観を見直す機会を与えてくれる。それと同時に、恋愛やセックスに翻弄され、それでも人を好きになる、どうしようもない人間への愛しさが湧いてくる1冊だ。

文=野本由起

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