渡辺優「性に関しては、基本的な考えすら人によって違う」 SM女王様の“電話番”が繰り広げる、性をめぐる探索行【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/8/26

新卒で就職した不動産会社を辞め、SM女王様をデリバリーする「ファムファタル」の電話番として働きはじめた20代女性・志川。ある日、あこがれの女王様・美織さんと食事の約束を取り付けたものの、彼女は音信不通になってしまい……。

女王様の電話番』(渡辺優/集英社)は、そんな志川が美織さんの行方を捜しながら、性への違和感やアイデンティティを掘り下げていく物語。美織さんは、一体どんな人なのか。自分は、この「スーパーセックスワールド」でどう生きていけばいいのか。戸惑いや葛藤を抱え、ぐるぐる回り道しながらも真摯に歩んでいく志川の姿が描かれる。

著者の渡辺優さんも、長らくこのスーパーセックスワールドに違和感を覚えていたそう。この作品が生まれた経緯、志川や美織さんへの思いをうかがった。

スーパーセックスワールドへの違和感から生まれた物語

──はじめに、『女王様の電話番』が生まれたきっかけを教えてください。

渡辺優さん(以下、渡辺):この小説は「この世界はスーパーセックスワールドだ」という一文から始まりますが、私自身もみんなが当たり前に過ごしている世界に対して疑問を抱いてきました。学生時代から周りにLGBTQ+の人たちがいましたし、ヘテロセクシャルの人たちと自分が親しくしている人たちのセックスワールドは全然違うなと感じていて。その違和感は年齢を重ねても解消されず、むしろ友人の浮気話などを聞くごとに驚きが増えていきました。

 とはいえ、それを小説にしようという考えはまったくなくて。編集さんから「書いてみたら」と言われ、確かに面白そうだなと思いつつも、私には無理だと思っていました。自分に近すぎる世界ですし、このテーマについてもっと書ける人がいるだろうと思っていたので。

──その気持ちが変わったのはなぜですか?

渡辺:編集さんから強く勧めていただき、さらにじっくり考えてみたら自分でも書きたいと思えるラインが見えてきたんです。私自身がスーパーセックスワールドをよくわかっているとは言えないからこそ、「よくわからない」という話を書けそうだなと思って。自分を投影させたので、わかっていないままの主人公になりました。

──主人公の志川さんは、女王様を派遣する性風俗店の電話番をしています。この舞台を選んだ経緯を教えてください。

渡辺:「コールセンターの求人に応募したら風俗店の電話受付だった」というのは、私の実体験です。強烈な出来事だったので、いつか小説に生かせそうだと思っていました。

──そうだったんですね!

渡辺:アルバイト情報サイトを見ていたら、「女性活躍中」と書かれたコールセンターが掲載されていて。勤務時間だけは深夜に差し掛かるのでおかしいなと思いましたが、ごく一般的な求人に見えたので応募してみました。そうしたら、私が学生時代にバイトしていたコールセンターとは違う雰囲気で。面接の場所も、なぜかお店ではなくホテルのロビー。実際に雇う段階になるまで、絶対に場所を教えてくれないんです。

──事務所で面接するわけではないんですね。

渡辺:おおむね内定が決まったら、ようやく「こっちに事務所があるから」と連れていってもらえました。中に入ってみたら女性が着る衣装がかかっていて、「こういう場所、こんな普通の街なかにあるんだ」と驚きました。性風俗産業は、夜だけ営業していてスタッフは男性だけだと思っていましたが、そうではないんですよね。ただ、実際に働いてみたものの、責任重大すぎてこれは無理だと思い、1日で辞めることにしました。けっこう頭を使うんです、この仕事。

──作中でも、「この女王様が客の希望に近いけれど、こっちの女王様は昨日客がつかなかったからこの人を派遣しよう」と、主人公があれこれ考えながら仕事をしていましたよね。しかも、自分の采配ひとつで誰と誰が性的な関係になるのか決まってしまいます。まさにああいう感じだったんですか?

渡辺:そうです。それに、働いている女の子のドタキャンも多くて。「この人を案内しようと思ったけれど、今日はいないのか」ということもありました。私に仕事を教えてくれた方が、こうしたタスク管理を手早くこなしているのを見て、私には無理だと思いました。

 それに、性風俗店でバイトすることに覚悟を決めずに働き始めてしまって。面接の時点ではできると思いましたし、人生経験にもなりそうだなと感じたのですが、実際に働いてみたらちょっと不安になってしまったんです。それで1日だけで辞めましたが、「こんな仕事もあるんだ」という衝撃は残っていたので、その驚きを書きました。

──特に驚きが大きかったのは、どんなことですか?

渡辺:お客さんは普通のビジネスホテルに女の子を呼びますし、女の子たちが待機しているのもファストフードやカフェのチェーン店なんですよね。風俗関係の仕事をしている人も分け隔てられているわけではなく、普通の場所にごく当たり前のようにいるんだなと初めて気づきました。

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