自身が演じる殺人犯の心理が分からず自殺未遂…女優・真里亜の足跡を辿るモキュメンタリーホラー小説【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/8/10

出版禁止 女優 真里亜
出版禁止 女優 真里亜(長江俊和 / 新潮社)

 幽霊よりも、生きている人間のほうがよほど恐ろしい。善意の皮をかぶって人を貶め、涼しい顔をして他者の人生を奪う。そんな人間ばかりではないと知りながらも、そういう人間が一定数いるのもまた事実で、だから毎日あちらこちらでいろんな人が泣いている。

 長江俊和氏による新著『出版禁止 女優 真里亜』(新潮社)は、人間のおぞましい顔を緻密に描き出す。冒頭で描かれる人の“善き一面”が、のちに顕になる悪辣さをより際立たせている。

 ある事情から出版禁止となった書籍が、このたび刊行された。過去、なぜ出版が差し止められたのか、その理由が綴られたルポルタージュの三部構成で本書は編まれる。ルポルタージュの著者は、ライターの高柳みき子と、ジャーナリストの江崎康一郎。本書は一貫して、女優の筧真里亜の足跡を追っている。無名ながら演技の実力は確かな真里亜は、長い下積みを経て、映画「殺す理由」の主役に抜擢された。この映画は、現実に起きた「首都圏連続絞殺魔事件」をモチーフとしている。犯人の平山純子は、昼は一般企業で真面目に働き、夜は繁華街で売春を行っていた。交渉が成立した男とホテルに連れ立ち、行為の最中に殺人に及ぶ。同様の手口で、純子は計6名の命を奪った。

advertisement

 真里亜が演じるのは犯人をモデルとした吉川凛子なる女性で、言うまでもなく難しい役どころだ。真里亜は、念願の主演抜擢に意気込みを見せるも、「殺人犯の心理がわからない」と思い悩む。そんな真里亜を取材する高柳は、上映予定の映画にまつわる不穏な噂を耳にする。「殺す理由」のシナリオは、20年前に書かれたものだった。しかし、主演を務めるはずだった女優が死亡し、そのほかの要因も重なって映画の企画は頓挫した。加えて1年前、新たに本作の映画化が進められたが、ここでも主演を予定していた女優が亡くなった。自殺であった。これらの事実がさまざまな憶測を招き、この映画は「呪われたシナリオ」と呼ばれるようになった。

 真里亜は精力的にリハーサルに取り組むも、心身の疲労が蓄積し、やがて倒れてしまう。その後、どうにか体調を立て直すが、とうとう高柳が恐れていた事態が起きた。真里亜が自殺を図ったのである。幸いにも一命は取り留めたが、同じ映画の主演女優が3度にわたり不幸に見舞われたことで、「呪われたシナリオ」との呼び声はさらに高まった。演技を生業とする人間が、「殺人犯の心理が理解できない」という理由で自殺するほど追い詰められるエピソードに、当初は疑問を抱いた。しかし、後半につながる伏線を読み解くにつれ、真里亜が追い詰められた真の理由が明らかになる。

 ライターの高柳は、真里亜のことを「純真無垢な聖女」と評する。一方、ジャーナリストの江崎が取材を重ねる中で見えた顔は、それとは真逆のものだった。どちらが本当の顔なのか、筧真里亜とは果たしてどのような人物なのか。その答えを追い求める読者は、不確かな手がかりに右往左往する中で、疑念の渦に飲み込まれる。人間は、多面性を持つ生き物だ。その揺るぎない前提が、読者を巧みに惑わせる。

 本書では、人間の内なる恐ろしさのほか、オカルト要素を思わせるモチーフが並行して描かれる。決して歌ってはいけない「忌み唄」の存在、女殺人鬼の故郷に伝わる「悪女伝承」。読み進めるごとに膨れ上がる疑問と不安が、頁をめくる手を加速させる。随所に仕掛けられた不穏な謎が背中を這い上り、知らぬ間にある選択肢に誘導されていくことに、読者は気付けない。最後の頁で、禁忌に触れずに本書を閉じられる者がどれほどいるだろうか。少なくとも、私には不可能であった。

 作家でありながら、映像業界にも精通している著者ならではのリアリティあふれる描写が、モキュメンタリーの手法を通して遺憾なく発揮されている。物語と現実の境目が淡くぼやける感覚を楽しみながら、沼にハマるように読み進めたい一冊だ。読了後、読者による考察サイトを読みふけるのもまた一興。「わかった気になる」ことがどれほど危ういか、本書を読めば自ずと見えてくるだろう。それでも私たちは、「わかりたい」と願ってしまう。答えはいつだって、複雑怪奇であるというのに。

文=碧月はる

あわせて読みたい