被爆の記憶の封印を解き「#戦争反対」を訴え続ける。96歳のインフルエンサーが語る戦争の記憶【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/8/9

わたくし96歳 #戦争反対
わたくし96歳 #戦争反対(森田富美子、森田京子:著 講談社)

 Xで8万5000人のフォロアーがいるインフルエンサー「わたくし96歳」こと、森田富美子さんをご存じだろうか? 日々のこと、政治のこと、スポーツのこと、スイーツのことなど、いつも「#戦争反対」「#核兵器廃絶」ほか反戦を訴えるハッシュタグ付きのつぶやきが人気のリアル96歳だ。長崎出身の森田さんは80年前の夏、原爆被害にあった被爆者。90歳のとき、“新型コロナ給付金”で買ったiPadで、それまであまり話してこなかった被爆体験をツイッター(現X)に発信しはじめたことで大きな注目を浴びるようになった。この夏、そんな森田さんが「戦争」を語る本が相次いで刊行された。戦後80年の節目となる今こそ、この悲劇から目をそらさず、森田さんが全身で伝えるメッセージに真摯に向き合ってみたい。

わたくし96歳が語る 16歳の夏 ~1945年8月9日~
わたくし96歳が語る 16歳の夏 ~1945年8月9日~(森田富美子:語り、森田京子:聞き手・文/KADOKAWA)

 6月に刊行されたのは『わたくし96歳 #戦争反対』(森田富美子、森田京子:著 講談社)。幼少期から戦時中、原爆が投下された8月9日とその後、そして戦後と富美子さんの戦争と人生が語られ、さらには近年の富美子さんの毎日についてのエピソードも多数紹介される自伝的な一冊だ。すさまじい体験をくぐり抜け、それでも96歳まで生き抜いてきたことは奇跡。数々のピンチを考えると、富美子さんの周りの人たちが言うように「守られている」のかもしれない。たとえ病気をしても大きな怪我をしてもタフで明るく、常に「戦争反対」を訴え続ける富美子さんは本当に強い。体を張った大事なバトンを受け取ったような気持ちになり、頭が下がる。ちなみに本書は親子の共著で、戦争体験部分は母の語りをベースに娘が執筆、近年の日々は「ハハ観察日記」的な娘の記録に母が自分の気持ちをのせていく。

 そして7月に刊行されたのは『わたくし96歳が語る 16歳の夏 ~1945年8月9日~』(森田富美子:語り、森田京子:聞き手・文/KADOKAWA)。新聞や雑誌等の取材で話す富美子さんの戦争体験、被爆体験をベースに、娘の京子さんがさらに詳しい聞き取りを重ねてまとめあげた一冊だ。戦慄の被爆体験については前書にも詳しく描かれているが、本書は特に8月9日に焦点をあて、あの日に何が起きたのか、富美子さんの体験を克明に追っていく。凄惨な状況、絶望の嘆きは、富美子さんから直接話を聞いているかのように胸に迫り言葉を失う。実は本書は次の世代の誰かが「カタリベ」となって戦争の悲劇を伝え続けることができるよう編まれた本でもある。読むのももちろんだが、朗読など「耳」で聞くことで、さらに痛切に身体に響きそうだ。

 90歳になった富美子さんはかかりつけ医に「実は先生にお願いがあります。私は原爆で両親と弟3人を亡くしました。みんなの分も生きないといけません。これから先、2度とあんな戦争が起きないように、核兵器がなくなるように声をあげていこうと思っています。私を長生きさせて下さい。みんなに会った時、平和になったよ、そう言えるよう頑張りたいんです」とお願いしたという(『わたくし96歳 #戦争反対』より)。そして長く記憶の底に押し込んできた被爆の記憶の封印を解き、カタリベ活動を始める決意も医師に話した。しかしコロナ禍で、それはできず、SNSで発信しはじめた。本のための細かな聞き取りは、富美子さんにとっても京子さんにとっても決して楽なものではなかった。何度も中断し、その度に京子さんは根気強く富美子さんが語り始めるのを待った。

 戦争体験者の多くがこの世を去ってしまった今、96歳で元気に「戦争反対」をしっかり発信し続けてくれている富美子さんの存在は奇跡であり財産。私たちができることは、その声をひとりひとりがしっかり受け止めること。そして「#戦争反対」を強く誓うことだろう。

 『わたくし96歳が語る 16歳の夏 ~1945年8月9日~』より
『わたくし96歳が語る 16歳の夏 ~1945年8月9日~』より

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文=荒井理恵

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