綿矢りさ、恋愛小説の集大成『激しく煌めく短い命』。女性ふたりの青春時代から大人までの激しい恋を描く【書評】
PR 公開日:2025/8/25

綿矢りさの恋愛小説は、おしなべて痛い。
それも多くの場合、2種類の痛みが込められている。一つは、繰り広げられる恋愛そのものがハードモードであること。もう一つは、その恋愛にダイブする主人公の行動や思考回路が痛いこと(イタい、と書く方が伝わりやすいかも)。『勝手にふるえてろ』(文藝春秋)の、脳内彼氏とリアル彼氏との三角関係に真剣に煩悶する主人公然り。『ひらいて』(新潮社)の、好きな相手が好きすぎて、その人の恋人まで好きになってしまう主人公然り。“あいたた恋愛小説家”と呼びたくなるほど、綿矢りさの紡ぐ恋愛は痛さとイタさに充ちている。
今回ご紹介する『激しく煌めく短い命』(文藝春秋)もまた、そう。『文學界』で2020年から約4年間に亘って連載され(連載時の題名は『激煌短命』)、原稿用紙にして実に1300枚。作者にとって、これまでで最長編の作品となった。主人公の生まれ年と出身地が作者自身と同じであることから窺えるように――ストーリー自体には反映されていなくとも――自伝的なものも注がれているように思える。
1990年代、京都。中学生になったばかりの久乃は、入学式でほどけた髪を結んでくれた同級生の綸と親しくなる。常に周囲から浮かないよう心がけている久乃にとって、周りの目などどこ吹く風というふうに自信たっぷりな綸はまぶしく、否応なしに惹きつけられる。最初は友だちとして、次第に恋人同士として仲を深めてゆく二人。だけど幼くも激しい恋は些細な、しかし決定的な行き違いから最悪の結果となってしまう。それから年数が経過して、東京で働く久乃は綸と思いがけない再会を果たす。そして、胸の底にくすぶり続けていた恋の炎が再燃する……。
こじらせた恋心を抱えながら粛々と生きる久乃と、年下の恋人にすがる、すすけたアラサーとなってしまった綸。第一部の、中学時代の二人の織りなす恋愛がきらきらと輝いていただけに、第二部の二人の、こういう大人になりました感はもう、苦いほど痛い。自分でも、どうかしているとは自覚しつつ、それでもやっぱり綸が好きで好きでたまらない久乃。そんな久乃を、受け入れるでも突き放すでもなく、自らの寂しさを埋めようとするかのごとく恣意的に接する綸。物語は一貫して久乃の視点で進むので、恋する側の焦燥や戸惑い、自己嫌悪といった生々しい感情に焦点が当てられている。作者のファンからすれば、待ってましたというところか。
さんざん策を弄した末に、場末のラブホテル(この舞台装置がまた絶妙だ)で、二人はとうとう結ばれる。『生のみ生のままで』(集英社)でも女性同士の性愛が主題とされていたが、ここでも肌のふれあいによって生じる心の動きや変化が細やかに展開される。彼女たちの歴史を彩ってきた平成時代の様々なポップカルチャーや、京都という街にひそむ階級差別に排他性。きっと作者自身が経験し、見てきたであろうことやものが、ふんだんにちりばめられていて、それが本作に大河小説的な厚みも添えている。
長い長い物語の終盤で久乃は自らに問いかける。
“一生に一度きりの人生で、私は、どんなふうに生きたいんだろう”
難しい命題だ。それでも彼女はきっとその答えを見つけることができるだろう。痛みに充ちた恋愛を存分にしてきたからこそ、本当に大切なものを選び、守り抜く勇気を久乃は獲得した。彼女自身は気づいていないかもしれないが、綸も、私たち読者もそれを知っている。
文=皆川ちか