新井素子の名作ホラー、新装版で登場! 両親が死んだのは「くまのぬいぐるみ」のせい? 孤独な少女とぬいぐるみの歪な関係【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/8/22

くますけと一緒に(中公文庫)
くますけと一緒に(中公文庫)(新井素子/中央公論新社)

くますけと一緒に(中公文庫)』(新井素子/中央公論新社)は、不穏さで疑心暗鬼になりそうな「怖い物語」だ。一方で、キュートかつファンタジックな雰囲気を漂わせているという、なんとも不可思議な小説である。

 小学四年生の成美(なるみ)のパパとママは、交通事故で死んだ。

 成美は哀しくない。それよりも、大親友の「くますけ」が原因で二人は死んだのかもしれないと、悩む。くますけは成美が小さい頃から一緒にいるぬいぐるみで、いつも自分を支え愛してくれた存在だ。もちろん、おしゃべりだってできる。

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 ある時、成美は葉子(ようこ)ちゃんにひどくいじめられ、葉子ちゃんを「死んだ方がいい」と呪ってしまう。その成美の気持ちを汲んだのか、どうやらくますけが葉子ちゃんを交通事故に遭わせたらしい。

 悪いことを考えた自分、そのせいで人を傷つけたくますけ。神様はその罰で、自分の両親を死なせてしまったのか。大切なくますけは「悪いこともできるぬいぐるみなのか」……と、幼い成美は苦悩する。

 両親を失った成美は、母の親友であった裕子(ゆうこ)の家で暮らすことになる。

 成美にとって裕子は、ぬいぐるみと話す自分を気持ち悪がらず、受け入れてくれる唯一の大人だ。一緒に過ごすうちに、成美はどんどん裕子のことが好きになる。だが、一抹の不安。いつか自分が裕子を嫌いになってしまった時、またくますけが裕子を傷つけてしまわないだろうか……。成美は悩み、そして――。

 本作の著者、新井素子先生はジュニア小説を書いていた経験もあってか、文章がとても読みやすい。読みづらくなるようなクセが一切なく、可愛さすら感じられる文章なのだ。しかし一方で、妙にリアルな心理描写だったり、グサリとくるセリフがあったりする。本作はホラー要素もあることから、ファンタジックな中に突然現れる「暗黒面」には、余計ドキッとしてしまった。

「死んでしまえばいい。死んだ方がいい。あたし、ほんとに、そう思うわ」
『じゃ、そうなるよ。きっと』
……じゃ、そうなるよ。きっと

 これは葉子に対し激しい怒りを抱く成美と、冷静なくますけの会話なのだが、これが女の子とぬいぐるみの会話だと思うと余計に薄ら怖くなるし、“……じゃ、そうなるよ。きっと”というセリフを重ねた余韻には、さらにぞわっとさせられた。

 個人的に最も怖かったのは、パパとママが成美を「これでもか」となじるところだ(実際にはパパとママではないのだが、ネタバレになってしまうので詳細は秘密)。

 実の子どもに対し、お前のせいで死んだ、お前のせいでパパとママは不幸になった。お前は悪魔の子だ……と一方的になじり続けるシーンは、読んでいて心苦しかった。こんなこと親に面と向かって言われたら、子どもはトラウマになってしまう。かわいそう。つらい。

 毒親に苦しむ成美。本作は、それを乗り越える話でもある。

 一方で胸糞悪くなるような気分には決してさせないポップさが、本作にはある。読後感も不穏ではあるのだが、後味の悪さはまるでない。“新井素子ワールド”とも言える不思議な世界観を、思う存分、楽しんでいただきたい一冊だ。

文=雨野裾

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