年間契約1000本の凄腕営業マン、殺人請負会社に入社。「2週間で2億円」を課せられ、どんな商談に挑むのか?【書評】
PR 公開日:2025/8/29

何なんだこの得体の知れない男は——巧みな話術と緻密な戦略、拳銃を突きつけられても笑みを浮かべる度胸。最初は不気味にさえ感じていたのに、気づけば、この出来すぎる営業マンから目が離せなくなっていた。
そんな一冊が、『殺し屋の営業術』(野宮有/講談社)。ひょんなことから「殺人請負会社」の営業マンになった男の、異色のサバイバルミステリーだ。本作は、超ハイレベルな候補作の中から、第71回江戸川乱歩賞をぶっちぎりの評価で受賞した話題作。選考委員の有栖川有栖は「乱歩賞作品の中でも異彩を放つ一作」と評し、東野圭吾は「読み手の心を摑む力に満ちていた」と絶賛するが、ページをめくれば、すぐに名だたるミステリー作家たちの評価に納得させられるだろう。なんという没入感なのだろうか。あふれるユーモアと、手に汗握る展開、スリル、そして、血生ぐさい臭い。緩急のバランスが実に絶妙な、極上のエンターテイメント作品なのだ。
主人公は鳥井。社会人になってからの18年間、勤務してきたすべての会社で営業成績トップに輝き、年間1,000人の顧客から契約を勝ち取ってきた凄腕営業マンだ。ある日、アポイント先で刺殺体を発見した鳥井は、自身も背後から襲われてしまう。鳥井を襲ったのは「殺人請負会社」の殺し屋。鳥井は口封じのため殺されそうになるが、とっさの機転で“商談”を開始する。「ここで私を殺したら、あなたは必ず後悔します」「今月のノルマはいくらでしょう? 売上目標は?」「あなたは幸運です。私を雇いませんか? この命に代えて、あなたを救って差し上げます」。そして、商談は成立し、鳥井はそのまま「殺人請負会社」に入社する。鳥井に課せられたノルマは「2週間で2億円」。失敗すれば、当然命はない。
まず、設定からして魅力的だ。「凄腕営業マン」と「殺人請負会社」が掛け合わさった時、一体何が起こるのか。「2週間で2億円」だなんて、あまりにも法外なノルマだが、鳥井は「私、ノルマを達成できなかったことが今まで一度もないんです」と涼しい顔で言ってのける。そして、最初は「本当に大丈夫なのだろうか?」と疑問を感じていた私たちも、物語が進めば進むほど、「この男は次はどんな戦略で商談に挑むのか」とワクワクが止まらなくなる。鳥井の鮮やかな営業トーク、胆力には驚かされっぱなし。ネガティブクロージング、返報性の法則、ドア・イン・ザ・フェイスなど、実在する営業テクニックを駆使しながら、裏稼業を易々と渡り歩いていくさまは、なんとも痛快だ。だが、裏稼業はそう容易いものではない。どんなにコミカルなシーンでも、油断は禁物。突如シリアスな展開が訪れるから、一瞬たりとも緊張が解けない。
一級品の格闘技術を持つ若手殺し屋や、鉄砲玉になるのも辞さない老人殺し屋、引きこもりだが、テック系のサポート役としては優秀な女殺し屋。そんな同じ「殺人請負会社」の人間たちも個性的だが、競合となる殺人請負会社で圧倒的な営業成績を上げているという真紅のドレスの美女も気味が悪い。だけれども、どんなに過酷でどんなに残酷な展開が訪れようと、この物語で一番恐ろしい存在は、どう考えたって、鳥井だ。元々鳥井は、別に「営業」という仕事に誇りややりがいを感じていたわけではなかった。ただ得意だから営業の仕事を続けていただけ。常に心には空虚さがあった。しかし、どれだけ数字を積み上げても拭えなかった鳥井の空虚さを、非合法の世界は確かに満たしていく。命が危険にさらされるたび、困難が訪れるたびに、鳥井は化ける。加速度的に業界に慣れ親しみ、営業力を発揮していく姿は、怪物そのもの。「あれ? 私はどうして震えているのだろう」――鳥井の底しれぬ才能に驚かされているのか。それとも、鳥井の化け物っぷりに怯えているのか。きっとあなたも、鳥井の変化には恐れおののくはずだ。
殺人あり、騙し討ちあり、コンゲームあり。営業スキルと裏社会が交差するこの物語は、至高と言っても過言ではない。ああ、隅から隅まで面白かった。ミステリー好き必読。前代未聞のこの作品を、読まない手はない。
文=アサトーミナミ