在宅勤務の理由を言わない父、不倫の母、不登校の息子。伊岡瞬が描くバラバラの家族は再生するのか?【書評】
PR 公開日:2025/8/27

誰にでも起こりそうなことを秀逸なミステリ、サスペンスに仕立て、日常の手触りをガラリと変えてしまう作家の伊岡瞬氏。作家生活20年を迎えた2025年、話題作『朽ちゆく庭』(集英社)が待望の文庫化となる。本作は『悪寒』『不審者』(いずれも集英社文庫)に続く「家族崩壊三部作」の第三弾だ。
物語の中心となるのは、いっときはセレブタウンといわれた朝陽ヶ丘ニュータウンに庭付き中古一戸建てを買い、引っ越してきた山岸家だ。家族は中堅ゼネコンに勤める父・陽一と税理士事務所でパートをする妻・裕実子、一人息子・中学生の真佐也の三人。気がかりなのは真佐也が不登校ぎみだということだが、収入もそこそこあり、外から見ればよくある普通の家族といえるだろう。引っ越しは「家をリフォームできるように、家族もまだ修復できると信じて」のこと。物語は晴れの引っ越し当日から始まるが、なぜか不穏な気配が冒頭からつきまとう。一体この家族に何が起きてしまうのか――気になって、ページをめくる手が止まらない。
物語の舞台は引っ越しから1年後。転校を機に最初こそ学校に通いはじめた真佐也だったが、結局は逆戻り。春休みに入り、裕実子は真佐也が一日中家にいることが常態化することにイラつく。陽一はあまり関心を示さないが、「理解できない生き物」と長時間一緒にいることの精神的負荷は大きいのだ。つながりを断たないための「朝食セット」を用意したら、むしろ仕事に行ったほうが気が晴れるとばかり裕実子はパートに出かけていく。
一方、裕実子がパートに出るやいなや、真佐也は友人・純二を密かに家に迎えいれる。実は家族の留守中に同じく不登校の純二が家に来ることは習慣化しており、真佐也も不在の時には純二が勝手に家に上がり込むこともあるほどだった。真佐也のための朝食セットを食べるのもいつも純二で、二人はゲームをしたり、近所のホームセンターに行ったり…。裕実子はそんな純二の件をなんとなく察しているが口には出さない。
不登校の理由も純二のことも隠す真佐也に、ある日さらに秘密が増える。家の前の公園でよく一人で過ごしている少女・あかりの体調がひどく悪そうなのを気遣って、真佐也は少女を家に招き入れるのだ。一方、母の裕実子はパート先の上司と“残業”という名の密会を続け、家のことには無関心な陽一は、ある日、理由も明かさず「在宅勤務になった」と家にいるようになる。表面的には平穏な家族だが、それぞれに秘密を抱える三人は、もはや微妙なバランスで同じ家に暮らしているだけにも見える。そしてある日、山岸家の「運命」を変える決定的な一日が訪れるのだ。
よく私たちは「家族だからわかりあえる」などと思いがちだが、社会の最小単位である家族は逆に言えば最も小さな社会であり、社会の縮図が家族だと考えるなら、そんなのは幻想なのかも。本書のタイトルの「庭」は家族の幸せの象徴だろうか。庭が荒れていくようにバラバラになっていく家族は果たして再生するのか――ぜひ戦慄しつつ見届けてほしい。そしてきっと読後には思わず自分の家族を振り返りたくなるだろう。そこでイヤなものを見なければいいけれど…。
文=荒井理恵