sumika片岡健太のエッセイ連載「あくびの合唱」/ 第15回『鮭のホイル焼きパーティー』
公開日:2025/8/31
「うまぁ!!」
高円寺のアパートから雄叫びが上がった。映像制作をやっている友人と2人で、僕らは鮭のホイル焼きを食べていた。スーパーマーケットに行って、鮭の切り身がセールで売られていたので、なんとなく買って帰った。そして、なんとなくホイルに包んで、焼き上がったものを2人で食べて、先の雄叫びに繋がったのである。
当時、僕らは24歳だった。僕は高校時代から組んでいたバンドでインディーズデビューしたものの、思うように結果が出ず、現状打破に足掻いている時期だった。一緒にいた彼は高校の同級生。映像業界の中で、同じようなフェーズで、同じように悩んでいた。
食費を切り詰めながら生活していた僕が、最後にホイル焼きを食べたのは、中学時代に親に作ってもらったときだったので、約10年ぶりの再会であった。
「こんなに美味しかったっけ?」と2人で顔を見合わせた。ホイルの中には鮭のほかに、たまねぎ、しめじ、えのき、バターを入れて、最後に醤油をかけた。いわゆるスタンダードなホイル焼きだ。特別なことをしていないのに、何故こんなに美味しく感じたのか? 僕たちは互いの感動を因数分解し、言語化して語り合った結果「生きている実感がする食事が久しぶりすぎたから」という結論に至った。僕は音楽、友人は映像で一旗上げるべく奮闘していたが、その道一本で食べていくには、到底稼ぎが足りなかった。そんな僕らの主食はもっぱら菓子パンかカップラーメン。食事を楽しむというよりも、安くて腹持ちの良いものを優先して食べるものを日々選んでいた。
その日は朝から彼が作った映像に僕が音楽をつけるという作業をしていたのだが、何をどうやっても納得できる仕上がりにならない。登山でいう3合目あたりで遭難しているような状態になり、限界になったからスーパーに食料を買いに行った。普段であれば無意識にコスパの良いごはんを買うところ、僕らは示し合わせたかのように、鮭の切り身に吸い寄せられていった。普段の食費から換算すると、だいぶ贅沢なことである。本能的に体と心が求めている食事に辿り着いたのだ。その効能か、鮭を食べた後に僕たちは脅威の追い上げを見せ、朝日がのぼる頃には無事に制作の山を登頂していた。アパートの窓から登校中の小学生を眺めながら「鮭だよな」「ああ、鮭だ」と、この登山を最後まで導いてくれた功労者について、お互いの答え合わせをした。改めて食事の大切さを知った僕は「この感覚をみんなにも知ってもらいたい」という強い欲求にかられていた。
ミュージシャン、映像作家、写真家、デザイナーなど、自分の身の回りにいたクリエイターたちのほとんどが、まだその道一本では食べられていなかった。僕はそのクリエイターたちに「今度鮭のホイル焼きパーティーやるので来ませんか?片岡、振る舞います」という旨のメールを片っ端から送っていた。お金がないのでみな似通った食生活を送っているだろうと推察し、パワフルな食事をしたら何か変わるのではないか?と思い立ったのだ。100通ほど送ったら、なんと80人から参加希望が届いた。「いいとこ30人くらいだろう」と高を括っていたので、この出席率は異常だった。
詳細は覚えていないが、メールには「鮭を食べたら作品が完成しました」的なことを書いていたような気がする。相当怪しい内容ではあったが、みんな作品づくりに藁にもすがる想いだったのかもしれないし、タダ飯が食えてラッキー的な想いもあったのかもしれない。パーティーは映像作家の友人のアパートで行われた。ドタキャンに備えて、一旦40人分のホイル焼きを仕込んで待っていたのだが、皆オンタイムでほぼ全員が会場に現れた。遅刻癖のある人がこういう時だけ時間を守ってくるところに”人間”を感じた。
友人宅のキャパはマックス8人、コンロも一口しかなかったので、一回に焼けるのは3つが限界だった。案の定、家の外に列ができてしまったので、友人には整列をお願いした。仕込んでいた分では賄えなくなり、途中でスーパーに買い出しに行った。並んでいる全員に鮭を振る舞うには、手持ちのお金では足りない。道中にあったコンビニのATMでなけなしの貯金をおろし、僕は万札を握りしめてスーパーで鮭を買い占めた。機材を買うためにコツコツ貯金していたお金がすべて鮭になるとは、流石に予想していなかった。
アパートに戻り、その後もホイル焼きを数時間作り続けた。最後まで振る舞ったのちに、2人分のホイル焼きを作って、僕と友人は再び鮭を食べた。僕が「本当に俺は何をやっているんだろう」と言うと、友人は「やーでも、人生ってこういうことでしょ」と笑った。そして「自分がいいって思ったものを、人にも知ってもらいたいって気持ちが人生のモチベーションじゃない?」とつけ加えた。
それを聞いて、僕は声を出して泣いてしまった。
メールの返信が想像以上に返ってきたあたりから不安で(主にお金が)心を殺して生きてきたが、堰き止めていた感情のダムが今決壊した。友人が言った通りだ。自分がいいと思ったものを、自分の大切な人にも知ってもらいたい。ただそれだけだった。
十数年経って、音楽一本で生活ができるようになった今でも、根本的なことは何も変わっていない。自分がいいと思ったものを、採算度外視でも伝え切りたいと本気で思っている。
伝えるのに必要なものはお金だけではない。手間や愛情など可視化、数値化できないものも必要だ。
大人になると割り切ることも必要だと教えられる。他にも社会人として守らなければいけないマナーがあるのは重々承知だ。
しかし、どうやったって割り切れないものは割り切れない。それを割り切って”大人”だと言うのだとしたら、僕はそんな大人にはなりたくない。ましてや、そんなミュージシャンには絶対になりたくない。
「割り切らなければ」と「割り切れてたまるかよ」という狭間で格闘しながら、今日も音楽を作っている。伝え切るためのピースが足りないなら、自分の足と頭を使って最後まで考えたい。 ”いいもの”が薄まらずにあなたまで届いてほしいと、心の底から願っている。それが僕の人生のモチベーションなのだから。
鮭のホイル焼きを作って、今夜はもうひとがんばりしようと思う。

編集=伊藤甲介(KADOKAWA)
<第16回に続く>神奈川県川崎市出身。sumikaのボーカル&ギターで、楽曲の作詞作曲を担当。キャッチーなメロディーと、人々に寄り添った歌詞が多くの共感を呼んでいる。これまで4枚のフルアルバムをはじめ、精力的に楽曲をリリース。ライブでは、人気フェスに数多く出演するほか、自身のツアーでは日本武道館、横浜アリーナ、大阪城ホールなどの公演を完売。2023年には、バンド史上最大規模の横浜スタジアムワンマン公演を成功に収めるなど、常に進化し続けるバンド。