ダン・ブラウン最新作『シークレット・オブ・シークレッツ』発売記念! 特別抜粋・世界同時プレミア公開!! 邦訳は11月上旬発売予定
更新日:2025/9/5
『ダ・ヴィンチ・コード』でおなじみのダン・ブラウン、8年ぶりとなる待望の新作が発売決定! 本稿では、9月9日の原著発売を前に、世界同時公開された抜粋原稿の翻訳をプレミア公開する。日本での発売は11月6日予定だ。続報は特設サイト(https://kadobun.jp/special/dan-brown/)、公式X(KADOKAWA翻訳チーム 公式X https://x.com/kadokawahonyaku)他をチェック!

世界で最も名高いミステリー作家がスゴい作品とともに帰ってきた! 読者をこれほどまで一気に引きこみ、知性を心地よく刺激する巧みな物語を生み出せる作家はダン・ブラウンだけだろう。
象徴学を専門とする著名な大学教授ロバート・ラングドンは、プラハを訪れていた。最近恋仲になった気鋭の純粋知性科学者キャサリン・ソロモンの講演を聴くためだ。講演でキャサリンは、人間の意識にまつわる驚くべき発見について解説した著書を発表予定だと話した。しかしそれは、何世紀にもわたって人々が信じてきた通念を脅かしかねないほど斬新な内容だった――。
残忍な殺人事件が起こってラングドンは大混乱に巻き込まれ、キャサリンは原稿とともに突然姿を消す。物語がロンドン、ニューヨークへとひろがるなか、ラングドンは懸命にキャサリンをさがしながら謎を解明していく。そして、未来の科学や謎めいた伝承と苦闘したすえに、ある秘密のプロジェクトに関する衝撃の真実を知る。
<本稿は11月6日発売予定のダン・ブラウン著『シークレット・オブ・シークレッツ 上』(KADOKAWA)の一部を抜粋したものです。>
冬の爽快な空気に力づけられて、ロバート・ラングドンはクシジョヴニツカー通りを南へ走り、歩道を薄く覆う雪に、大きな歩幅で長く連なる足跡を一対だけ残していった。
プラハの街には昔から魅了されている。ここでは時が止まっている。ほかのヨーロッパの都市に比べて、第二次世界大戦による被害がずっと小さかったので、このボヘミアの歴史的首都はいまでも古くからの建造物がきらめくみごとな輪郭を誇っている――ロマネスク、ゴシック、バロック、アールヌーヴォー、新古典主義の様式によるそれぞれの例が、ほかに類を見ない多様性を保ちつつ、手つかずの状態で残っている。
この街をよく形容することば――ストヴィエジャター――の文字どおりの意味は〝百の塔がある〟だが、プラハにある塔や尖塔の実際の数は七百近くに達する。夏になると、ときどき多数の緑の投光照明で塔が照らされる。その畏敬の念を呼び覚ます効果は、ハリウッドが映画〈オズの魔法使〉でエメラルドの都を描く際にインスピレーションを与えたらしい――エメラルドの都は謎めいた目的地であり、プラハと同じく、魔法が宿る場所として信じられていた。
プラトネーシュスカー通りを渡っていると、歴史書のページをめくりながら走っているように感じた。左手にはクレメンティヌムの巨大なファサードがそびえている。これは広さ二ヘクタールに及ぶ複合建築物で、天文学者のティコ・ブラーエやヨハネス・ケプラーが利用した天文塔のほか、二万冊以上の古代の神学文献をおさめたバロック様式の美しい図書館もある。この図書館はラングドンがプラハでいちばん気に入っている空間で、全ヨーロッパで最も好きかもしれない。きのう、キャサリンといっしょに最新の展示品を観にいったばかりだ。
アッシジの聖フランチェスコ教会の角で右に曲がると、ちょうど正面に、この街で有数の名高い歴史的建造物に通じる東側の入口が見えた。プラハではめったに見られないガス灯の琥珀色の光で照らされている。世界で最もロマンティックな橋との呼び声が高いカレル橋は、ボヘミアの砂岩で造られ、両側にキリスト教の聖人の像が合わせて三十体並んでいる。穏やかなヴルタヴァ川の上に半キロ以上にわたって延び、両端を巨大な橋塔が守っているこの橋は、かつては東欧と西欧のきわめて重要な交易路の役割を担っていた。
ラングドンは東の塔のアーチ形の入口を走り抜け、前方に延びる汚れひとつない雪の帯を見てとった。橋は歩行者専用だが、この時間はひとつの足跡もない。
カレル橋をひとり占めだ、と思った。人生の特別な瞬間だ。かつて、ほかにほとんど人がいないなか、ルーヴル美術館で〈モナ・リザ〉と対面したことがあったが、いまはあのときと比べてはるかによい気分だ。
進む速さが安定して歩幅が大きくなり、対岸に着くころには軽々と走っていた。右手には、暗い空を背景にして、この街で最も愛されているきらびやかな宝石が輝いている。
プラハ城。
城としては世界最大の複合建築物で、西門から東端まで半キロ以上、敷地面積は五十ヘクタール近くに及ぶ。外壁の内側に本格的な庭園が六つ、独立した宮殿が四つ、キリスト教の教会が四つある。教会のひとつは壮大な聖ヴィート大聖堂で、ボヘミアの戴冠用宝飾が聖ヴァーツラフの王冠とともに保管されている。〈ウェンセスラスはよい王さま〉という有名なクリスマス・キャロルで歌われている人物だ。
カレル橋の西の橋塔をくぐるとき、昨夜のプラハ城での出来事を思い出してひとりで笑った。
キャサリンには頑ななところがある。
「わたしの講演会に来て、ロバート!」二週間前、キャサリンは電話をかけてきて、プラハに来るようラングドンに言った。「絶好の機会よ――あなたは冬休みだし。旅費はわたしが持つから」
ラングドンはこの愉快な提案を検討した。キャサリンとは軽く戯れる程度のプラトニックな関係をずっとつづけていて、尊敬し合っている。ここは思いきって一歩踏み出し、キャサリンの気ままな申し出に乗りたくなった。
「心引かれるお誘いだよ、キャサリン。プラハは神秘的な街だが、実際には――」
「単刀直入に言うけど」キャサリンはさえぎった。「同伴者が必要なのよ。ああ、言っちゃった。自分の講演会への付き添いが必要だってわけ」
ラングドンは噴き出した。「だから声をかけたのか? 世界的に有名な科学者なのに……エスコート役が必要だと?」
「とにかく同伴してくれればいいのよ、ロバート。後援者たちが主催するフォーマルな夕食会があって、そのあとでわたしが有名なホールで話すことになってて――ヴラジ……なんとかで」
「あのヴラジスラフ・ホール? プラハ城の?」
「そう、それ」
ラングドンは感心した。年に四回催されるカレル大学の連続講演会はヨーロッパで最も高名な講演会のひとつだが、想像していたよりも高尚な会らしい。
「ほんとうに象徴学者と腕を組んでフォーマルな夕食会に出たいのか?」
「クルーニーに頼んだんだけど、タキシードがクリーニング中らしくて」
ラングドンはうなり声をあげた。「純粋知性科学者はだれもがこんなにしつこいのか?」
「優秀な人たちだけよ」キャサリンは言った。「つまり、返事はイエスってことね」
二週間でなんと大きく変わったことか、とラングドンは思い、笑顔のままカレル橋の向こう側に着いた。プラハは魔法の宿る街だと言われるが、たしかにそのとおりだ……古の力を具えた触媒。ここでは何かが起こる……
この神秘の街でキャサリンと過ごした初日のことはけっして忘れないだろう――石敷きの迷路のような通りで道に迷い……手をつないで霧雨のなかを走り……旧市街広場にあるキンスキー宮殿のアーチ形の入口で雨宿りし……天文時計の陰で息を止め……はじめて唇を重ねた。何十年もただの友人だったのに、意外なほど自然な行為に感じられた。
プラハのおかげなのか、完璧なタイミングのおかげなのか、見えざる手の導きのおかげなのかはわからないが、ふたりのあいだに予想もしなかった化学反応が起こり、日ごとにそれが大きくなっていた。
***
ゴーレムは足を引きずりながら雪道を歩いた。黒く長い外套の裾が、カプロヴァ通りを覆う汚れた半解けの雪にこすれている。外套の下に隠れた大きな厚底のブーツがひどく重く、なかなか足を持ちあげられない。顔と頭を覆う粘土の厚い層が冷気で固まっている。
家に帰らなくてはならない。
エーテルがたまっている。
エーテルに打ち負かされるのが恐ろしくて、ゴーレムはポケットに手を入れ、つねに持ち歩いている小さな金属棒を握った。それを掲げて頭に寄せ、頭頂部に強く押しつけてから、乾いた粘土に小さな円を描くようにこすっていった。
まだだめだ、と静かに呪文を唱え、目を閉じる。
エーテルが少なくとも当面は吹き散らされたので、棒をポケットにもどして、前へ進みつづけた。
あと二、三ブロックで解放できる。
夜明け前の旧市街広場――プラハではスタロマクとして知られる――には人気がなく、砂糖を焼き焦がしたペストリーを持って名高い中世の天文時計を見あげる観光客のカップルがいるだけだ。この古めかしい時計は一時間ごとに〝使徒の行進〟を披露し、時計の正面に設けられたふたつの小窓から、機械仕掛けで回転する聖人たちが振動しながら顔を見せては去っていく。
十七世紀から目的もなくまわっている、とゴーレムは思った。そして、いまでも愚かな羊たちが見物をしに集まる。
カップルのそばを通り過ぎると、ふたりはゴーレムに目をやって思わず息を吞み、あとずさった。他人がこういう反応をするのには慣れている。おかげで、他人には正体不明であっても、自分に実体があることを思い出せる。
自分はゴーレムだ。
おまえたちの世界の者ではない。
まるで体が浮遊しているかのごとく、縛めを解かれたように感じることがときどきある。死すべき定めの殻に重い外套をまとうのは好きだ。外套と厚底のブーツの重さは下へ引く重力の強さを際立たせ、体を大地につなぎ留める。粘土で汚れた頭とフードつきの外套のせいで、夜に衣装を着るのが珍しくないプラハにおいてさえ、恐ろしげな異形の者となる。
だが、ゴーレムの見た目でとりわけ目立つのは、額を飾る三つの古い文字だ……パレットナイフで粘土に刻みこんである。
אמת
三つのヘブライ文字――アレフ、メム、タヴ――をそのまま右から左に読めば、EMETとなる。
〝真実〟。
ゴーレムをプラハへ導いたのは真実である。今夜、ゲスネル博士が明かしたのも真実だ――あの女は、プラハの地下深くで仲間たちと働いた悪逆無道を洗いざらい白状した。その罪は憎むべきものだが、近い将来に計画されていることと比べたら、まだ軽い。
すべて破壊してやる、とゴーレムは自分に言い聞かせた。粉々に打ち砕く。
あの者たちの後ろ暗い創造物が……すっかり消滅し……地中でくすぶる穴と化すさまを想像した。きわめて困難な仕事だが、自分ならやりとげる自信がある。ゲスネル博士が必要な情報をすべて明かしたからだ。
すみやかに行動しなくてはならない。好機はかぎられている、と心のなかで言った。計画はすでに脳裏で明確にまとまりつつある。
ゴーレムは東南へ向かって広場から離れ、自分のアパートメントへ曲がりくねりながら通じる細い路地を見つけた。旧市街は迷宮のような街路が刺激的な夜の娯楽を提供し、独特なパブが並んでいることで知られる――作家や知識人のためのティンスカ文学カフェや、ハッカーや陰謀論者のためのアノニマス・バー、粋人やカクテル愛好家のためのヘミングウェイ・バーなどがある。言うまでもなく、性交機械博物館は好事家たちを夜遅くまで引きつけている。
入り組んだ路地を進みながら、ゴーレムはブリギタ・ゲスネル博士に与えた恐怖のことや、聞き出した驚くべき情報のことは考えず――彼女のことを考えていた。
いつだって彼女のことを考えている。
自分は彼女の守護者だ。
彼女と自分はもつれ合った粒子群であり、永遠にからみ合っている。
この地上における自分の目的はただひとつ、彼女を守ることだが、彼女のほうはこちらの存在をまったく知らない。だとしても、彼女に身を捧げる時間は晴れがましい。他人の重荷を担うのは最も高潔な使命だが、それをまったく悟られずに匿名でおこなうことは……それこそが真に無私なる愛のふるまいだ。
守護天使はさまざまな形をとる。
彼女は疑うことを知らない人物であり、気づかぬうちに暗い科学の世界に囚われている。まわりを泳ぐサメどもが見えていない。ゴーレムは昨夜、そんなサメのひとりを手にかけ、そのせいで水中に血が撒かれた。いずれ強大な勢力が深みから浮かんできて、何が起こったのかを知り……おのれの創造物の秘密を守ろうとするだろう。
もう手遅れだ、とゴーレムは思った。地下の恐怖の館は、その罪の重みによってまもなく崩壊する……その際立った創意の犠牲になる。
雪道を押し進んでいると、エーテルがもどってきて、それに押し包まれるのを感じた。ふたたび金属棒を頭にこすりつけた。
もうすぐだ、と心に誓った。