『夜のピクニック』『ゴールデンスランバー』を手がけた伝説の編集者が新たに送り出す本格ミステリー「伏線や手がかりの仕込み方を提案いただき…」【櫻田智也×新井久幸インタビュー前編】
公開日:2025/9/5

2013年、「サーチライトと誘蛾灯」で東京創元社 第10回ミステリーズ!新人賞を受賞した櫻田智也さん。17年に受賞作を表題作にした連作短編集でデビューし、『蝉かえる』『六色の蛹』とシリーズを重ねてきた。
そんな櫻田さんが、このたび新潮社から初の長編ミステリー『失われた貌』を刊行した。担当編集者は新井久幸さん。『書きたい人のためのミステリ入門』という著書もある“伝説の編集者”だ。本書の発売にあたり、魂のこもった檄文を発し、並々ならぬ熱意でその魅力を伝えている。
作家と編集者の関係に迫る連載「編集者と私」。第3回にはこのおふたりが登場。前編では、二人三脚で作品を完成させた道のりを語っていただいた。
執筆を依頼したものの、そのまま6年が過ぎ……

──はじめに、櫻田さんと新井さんのこれまでの経歴、おふたりが出会った経緯を教えてください。
櫻田智也さん(以下、櫻田):2013年に、僕はそれまで勤めていた会社を辞めて引っ越すことになりました。その際、せっかくだから一度は諦めた夢にチャレンジしてみようと思ったんです。僕は昔から推理小説が好きで、学生時代にいくつか賞に応募したことがありました。そこで、あらためて短編を書いて応募したところ、東京創元社の第10回ミステリーズ!新人賞を受賞。そこから11年がかりで、3冊の本を発表しました。……我ながら、あまりにスローペースで恐ろしいですね(笑)。
新井久幸さん(以下、新井):僕は、1993年に新卒で新潮社に入社しました。月刊誌を経て出版部へ異動し、12年ほど小説からノンフィクション、とんぼの本まで担当して。2010年に「小説新潮」編集部に異動になり、編集長を6年間務めました。その後、また単行本の部署に異動し、現在に至ります。
ノンフィクションでは立花隆さん、沢木耕太郎さんなど幅広く担当してきましたが、一番好きなのはやっぱりミステリー。かつては新人賞「新潮ミステリー倶楽部賞」の事務局にも携わり、第5回で伊坂幸太郎さんの『オーデュボンの祈り』が受賞してからは、伊坂さんを担当してきました。
──櫻田さんの作品に出合ったきっかけは?

新井:2017年11月にデビュー作『サーチライトと誘蛾灯』が発売され、その2、3週間後に読みました。とても面白くて「この方と仕事をしたい」と思いましたが、「発売直後にいろいろな出版社から連絡が来ただろうな。やばい、出遅れた」という焦りもあって。それでも東京創元社に連絡し、櫻田さんにつないでいただきました。
櫻田:当時、他社の編集者で連絡をくださったのは新井さんだけ。びっくりしましたし、とても光栄に思いました。その後、2年間はどこからも連絡がありませんでした(笑)。
新井:それで、2018年1月に櫻田さんがお住まいの北海道に行ったんですよね。真冬の北海道を舐めてて、大変な目に遭いましたが(笑)。そこで、「もしご一緒できるなら長編の書き下ろしを」とお願いしました。
櫻田:ただ、わざわざ北海道までいらしていただいたものの、すでに東京創元社とのお仕事が決まっていたので、しばらくは新井さんに依頼された小説は書けなくて。そうこうしているうちに、6年の月日が流れてしまいました……。申し訳なくて顔向けできないなと思っていましたが、2冊目の『蝉かえる』が日本推理作家協会賞を受賞した時に、新井さんから連絡をくださったり、僕が東京に行った時には声をかけてくださったりしたので救われました。そうでもなければ、6年も間が空いてから「そろそろ書けます」なんてとても言い出せませんでしたから。
新井:でも、東京創元社の作品を執筆している間も、ずっと内容は考えてくださっていたんですよね。

櫻田:最終的に違う形にはなりましたが、なんとなくアイデアを練っていて。ちょうど去年の今日(取材日は8月6日)、あらためて打ち合わせをして、本作の執筆をスタートしました。
新井:打ち合わせのとき、「ちょっと書いてみたものの、しっくりこない。どうしようか迷っている」とおっしゃっていたので、「とりあえず何でもいいので8月末までに書いて送ってください」とお願いして。僕はプロットが送られてくるのかなと勝手に思い込んでいましたが、冒頭の原稿がいきなりボンと届いたので驚きました。ただ、その先の展開がどうなるのかわからないから、あまり具体的な相談はできません。とりあえずどんどん書いてもらうことにしました。
櫻田:僕としては、てっきり原稿を求められているものだと思っていたんですよね。最初にお会いしてから6年経って、今さらプロットを送るのもどうかと思うじゃないですか。それに、今までプロットを作成したことがなかったので、長編だからといって不慣れなことを始めたらまた時間がかかってしまいます。とりあえず、「こんな小説を考えています」というものを形にして読んでいただいたほうが早いだろうと思って。しかも、イベントで東京に行く用事があったので、手ぶらで新井さんに会うわけにもいかない。そこで、書き始めたものをお渡ししたんです。
新井:律儀ですよね。
櫻田:とりあえず百数十枚の原稿をお送りして、「書いてますよ」というポーズを見せたいという気持ちもありました(笑)。ただ、当初は登場人物が多すぎたので、一度整理し直すことに。そこから「毎月、月末に原稿を送る」という約束になりました。
新井:「月刊 櫻田智也」と呼んでましたよね。
櫻田:それで、どうにかこうにか半年くらいかけて完結させたんですよね。これまでの短編と比べると、驚異的なペースでした(笑)。
新井:正直なところ、去年8月にお会いした時には1年後に本が出てるとは思っていませんでした。こちらとしても驚きでしたね。