『夜のピクニック』『ゴールデンスランバー』を手がけた伝説の編集者が新たに送り出す本格ミステリー「伏線や手がかりの仕込み方を提案いただき…」【櫻田智也×新井久幸インタビュー前編】
公開日:2025/9/5
ボリュームをそぎ落とし、筋肉質なミステリーに

──2月に第一稿が完成したあと、どのように改稿を進めていったのでしょうか。
櫻田:どんなやりとりをしたのか、証拠はいくらでもありますよ(と、過去のメールのプリントを取り出す)。
新井:ちょっと待って、怖すぎる(笑)。何を書いたかな……。
櫻田:第一稿は今より6、70ページほど多い状態だったので、「まずは削りましょう」という話になりましたよね。
新井:一読者として、どんどん先を読みたいという気持ちが強くて。読みたい気持ちの速度とページをめくる速度がずれないほうがいいと思い、そういったご相談をしました。
櫻田:短編なら多少ゆったりしたペースでも読み切れますが、その感覚を長編に持ち込んでしまっていたんです。これまでたくさんの長編小説を読んできたものの、いざ書いてみると伏線や手がかりの仕込み方がわからなくて。新井さんからは「そうか!」という気づきが、もっと欲しいと言われました。
新井:僕がミステリーを読んでいて一番楽しいのは、悔しさを感じる時なんです。「手がかりが書いてあったのに気づけなかった!」「これはそういうことだったのか」というのが、ミステリーを読む醍醐味。そういう瞬間を増やすために、いろいろとご提案させていただきました。
櫻田:僕の読み方の問題もあるとは思いますが、海外のミステリーを読んでいると、古典的名作であっても「あれ、どうやって解決したんだっけ」とわからなくなることがあります。特にハードボイルド小説は、よく読み込んで初めて「ああ、あれが手がかりで解決したのか」とわかることも多い。そういう感じがあってもいいなと思って、当初は、推理の部分がけっこう曖昧だったんですよね。でも、やっぱり謎解きとして不親切なので、改稿してよかったです。
登場人物の行動原理についても、ご指摘を受けました。主人公が刑事なので、主要人物は警察仲間の同期や部下。昔からの知り合いですから、主人公にとってはその人に関する発見がないので、特に人間関係を掘り下げていなかったんです。ですが、新井さんからは「人となりを知りたい。彼らの物語にもっと厚みが欲しい」と言われて。最初はスルーしていたのですが、改稿して提出するとまた「例のあの人物ですが……」と再度提案されて、スルーしてはいけなかったんだと思いました(笑)。
新井:しつこくてすみません(笑)。
櫻田:そうやって書き足すと、またページが増えてしまうので、追加した分量以上に削って。ゆったりしたものを書こうとしていましたが、結果的に筋肉質なミステリーになりました。
──2月から改稿を重ねて、8月には刊行されるというのもすごいスピードですよね。
新井:せっかくなら年末のミステリーランキングに関わりたいじゃないですか。そう考えると、8月には発売したい。それには、4月には印刷所に入れないといけないんですね。櫻田さんにご相談したところ、ものすごく頑張ってくださいました。
僕もいろいろと口を挟んだので、普通なら改稿に1、2週間かかるはず。ですが、櫻田さんは2、3日で返してくださって。しかも「ここをもう少し検討してほしい」と言うと、そのオーダーに応える形で全編に手が入ったものがバーンと送られてくるんです。
櫻田:なにしろ手元に赤本がありましたから(と、新井さんの著書『書きたい人のためのミステリ入門』を示す)。
新井:え、ここでそれを出しますか(笑)。
櫻田:新井さんが「夏の発売を目指しましょう」と一生懸命になってくださったので、僕としてもそれに応えたくて。僕は「いいカッコしい」で、できる限り整えたうえで編集さんにお見せしたいタイプ。ですが、今回はその余裕もないため新井さんから来たボールはできるだけ早く打ち返しました。2月20日頃に第一稿を提出して打ち合わせして、4月には印刷所に入れたので、3月はもう本当に頑張って。眼鏡を1回換えるわ、歯は揺れ始めるわ、血圧は上がるわ……。
新井:本当ですか! すみません、僕が寿命を縮めたみたいなものですね……。
櫻田:作業が終わったら血圧も下がりました(笑)。
取材・文=野本由起 写真=島本絵梨佳
<第6回に続く>