伊坂幸太郎も大絶賛! 担当作品累計1200万部超の編集者が語る『失われた貌』の本格ミステリーとしての力「本作には本物の『伏線回収』と『どんでん返し』がある」【櫻田智也×新井久幸インタビュー後編】

文芸・カルチャー

公開日:2025/9/5

 『失われた貌』著者・櫻田智也さん(左)と担当編集者・新井久幸さん
『失われた貌』著者・櫻田智也さん(左)と担当編集者・新井久幸さん

 2013年、「サーチライトと誘蛾灯」で東京創元社 第10回ミステリーズ!新人賞を受賞した櫻田智也さん。17年に受賞作を表題作にした連作短編集でデビューし、『蝉かえる』『六色の蛹』とシリーズを重ねてきた。

 そんな櫻田さんが、このたび新潮社から初の長編ミステリー『失われた貌』を刊行した。担当編集者は新井久幸さん。『書きたい人のためのミステリ入門』という著書もある“伝説の編集者”だ。本書の発売にあたり、魂のこもった檄文を発し、並々ならぬ熱意でその魅力を伝えている。

 作家と編集者の関係に迫る連載「編集者と私」。第3回にはこのおふたりが登場。後編では、ミステリー小説の熟練読者でもある新井さんをそこまで熱くさせた理由について、語っていただいた。

本物の「伏線回収」と「どんでん返し」をお見せしましょう

『失われた貌』

──夏の発売を目指し、おふたりが二人三脚でやりとりと作業を繰り返した結果、素晴らしい作品に仕上がりましたね。刊行に際し、新井さんが気迫のこもった推薦文も寄せていました。

新井久幸さん(以下、新井):言いたいことは、プルーフ(書店関係者などに配布される見本書)に付けたチラシ「担当編集者からの長くてクドい口上」に書いてあります。

新井さんの熱い想いが込められている「担当編集者からの長くてクドい口上」
新井さんの熱い想いが込められている「担当編集者からの長くてクドい口上」
新井さんによれば「スルー推奨」とのこと
新井さんによれば「スルー推奨」とのこと

 派手な一発ネタのミステリーではないので、魅力が伝わりにくいのではないかといらぬ心配をして、「ここがすごい!」というポイントをマニアックに綴らせていただきました。笑われても引かれてもかまわないので、とにかく気合いが入った作品だと伝われば、と。

──「本物の『伏線回収』と『どんでん返し』をお見せしましょう」という文言が目を引きます。

新井:前フリとそのウケがあれば「伏線回収」と言われたりしますけど、ちょっと違うんじゃないかと思っていて。一見関係ないようなことが、最終的に違う意味を持って立ち表れることが伏線回収の醍醐味。また、驚くこと=「どんでん返し」でもありません。真相が明らかになることで物語の位相が変わる、表裏や意味合いが逆転するのが「どんでん返し」のはず。『失われた貌』には、本物の「伏線回収」と「どんでん返し」があるんです。

──「ミステリに求めるすべてがここにある!」というフレーズも印象的です。

新井:伏線回収やどんでん返しだけでなく、この小説は推理の閃きを導く手がかりもしっかりしています。急にピコンと閃く探偵や刑事も多いですが、読者としてはなぜ閃いたのか知りたい。その点、『失われた貌』には「なるほど! 自分も真相に気づけたはずなのに」と感じる手がかりがふんだんに盛り込まれていますし、補助線の引き方も見事です。さらに、読み終えたあとにはタイトルも「なるほど、そういうことだったのか」と意味合いが変わって見えるはずです。

「こうした要素がミステリーに求めるすべてですよね」という熱い思いをたぎらせて宣伝ペーパーを作ったら、社内でもドン引きされました(笑)。もちろん、こんな長口上は読まずに、すぐに小説を読んでくれればそれが一番です。

──櫻田さんとしては、ものすごくハードルを上げられてしまったのでは……。

『失われた貌』著者・櫻田智也さん

櫻田智也さん(以下、櫻田):いえ、僕としてはもう書き終わっているので、いくらハードルを上げられても苦労はありません(笑)。むしろ、ここまで熱意を込めてアピールしていただいて、とてもありがたいです。

新井:どれだけ期待してもらってもかまいません。決して裏切りませんから。

──先ほどタイトルについてお話しされていましたが、『失われた貌』という題名を考えたのは櫻田さんですか?

櫻田:いや、僕は当初、もっとふんわりしたタイトルを考えていました。その後、新井さんとともに候補をいくつか挙げていって。新井さんの著書『書きたい人のためのミステリ入門』に「タイトル千本ノック」と書いてあったので、やる気を見せないといけないですからね(笑)。結局、千本には遠く及ばない「15本ノック」くらいになりましたが。

新井:僕は5本くらいでした……。いや、参ったな。もっと考えるべきでしたね(笑)。

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