伊坂幸太郎も大絶賛! 担当作品累計1200万部超の編集者が語る『失われた貌』の本格ミステリーとしての力「本作には本物の『伏線回収』と『どんでん返し』がある」【櫻田智也×新井久幸インタビュー後編】
公開日:2025/9/5
海外ハードボイルドのような読み味を目指して
──『失われた貌』では、冒頭でまず顔が潰された変死体が発見されます。タイトルと密接に関わっていて、実に魅力的な謎ですね。
櫻田:短編では「そもそもなにが謎なの?」みたいな書きかたをすることも多いんですが、長編なので早々に事件を起こしたほうがいいと思ったんです。そこで「これは謎解きのミステリーなんだ」とわかっていただくために、定番ではありますが、身元不明の顔のない死体を出しました。見た目は警察小説だけど、やろうとしていることは本格ミステリーですという宣言のつもりで。
──主人公は刑事ですが、どこか私立探偵のようなハードボイルドな雰囲気もあります。
櫻田:一匹狼のような組織のはぐれ者にすることもできましたが、僕としては組織人としての自覚がある刑事にしたうえで、ハードボイルドの風味も出したかったんです。孤独な探偵のように、主人公がひとりでうろうろする状況を作りたかったので、本筋の殺人事件とは一見無関係の事件を起こし、後輩刑事と別行動を取るシーンを作りました。

新井:警察署内にはたくさんの部署があり、日々さまざまな事件や相談が持ち込まれます。それらが意外なところでつながっているという重層的な構造は、「フロスト」シリーズや『踊る大捜査線』を思い出しました。もっと言えば、口上にも書きましたが、コリン・デクスターやエラリー・クイーンのようでもあります。ミステリー評論家の千街晶之さんは「読後の印象はロス・マクドナルド」、書店員の宇田川拓也さんは「ヒラリー・ウォー作品と並べたいレベル!」とコメントしてくださいました。
櫻田:僕も今名前が挙がった作家の小説は読んできましたし、この小説でも海外のミステリーのような雰囲気を目指しました。冒頭で、顔のない死体の第一発見者である青年を、なにかと理屈をつけて疑い始めるところは、コリン・デクスターの「モース」シリーズを意識しています。
新井:とはいえ、こうした海外ミステリーに詳しくなくてもまったく問題ありません。『失われた貌』単独で楽しんでいただけます。
複雑な心の機微、ままならない人生を描いた人間ドラマとしても一級品
──櫻田さんにとって、『失われた貌』は初の長編です。書き上げた手ごたえはいかがですか?
櫻田:いまはまだ、「やっとできた」という感じで、手ごたえというほどのものはなくて……。それでも、短編を書く中で見えてきた自分の持ち味を、長編にも盛り込むことができました。これまで書いてきた「エリ沢」シリーズの読者を裏切るものにはなっていないと思います。
──新井さんは、言いたいことはすべて宣伝文に書いたという感じでしょうか。
新井:この小説の魅力はそれだけではありません。ミステリーとしての構築を強固にするほど、人工的な物語になりがちですが、『失われた貌』はそうはなっていない。人間味をまったく失わずに、非常に精巧な伽藍を組み立てています。複雑な心の機微、ままならない人生、どうにもならない関係性など、人間ドラマがお好きな方にもおすすめです。というか、小説が好きな人みんなに読んでもらいたいですね。
──今回、おふたりは初めてタッグを組みましたが、相性はいかがでしたか?
櫻田:新井さんのご指摘がなければ、『失われた貌』は今のような小説になっていなかったと思います。出版を記念してどなたかと対談する機会があるとしたら、新井さんとお話ししたいと思っていました。

新井:本当ですか? 「血圧が上がったのはお前のせいだ」と糾弾するためとか?(笑)。僕としては、楽しく濃密な時間を過ごさせていただきました。もういい歳なので、(本の編集の現場は)若手に任せて自分は直接担当しないほうがいいのかなと思っていましたが、本を作るのは楽しいとあらためて実感しました。櫻田さん、責任取ってくださいね(笑)。『失われた貌』が好評を博して、読者の声に押されて櫻田さんが続編を書くところまでいけば、僕としてはうれしい。……と、この場で公開プレッシャーをかけておきます(笑)。
櫻田:僕としても、最終的に登場人物にすごく愛着が湧いたんですよね。
新井:ということは……?
櫻田:可能性は常にゼロではない……とだけ言っておきます(笑)。
取材・文=野本由起 写真=島本絵梨佳
<第7回に続く>