知念実希人の新刊は、読者を巻き込むリアルホラー。ページを開く覚悟はありますか?【インタビュー】
公開日:2025/9/18
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年10月号からの転載です。

令和のホラーブームが盛り上がるなか、知念実希人さんがホラー小説『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』と『閲覧厳禁 猟奇殺人犯の精神鑑定報告書』を2カ月連続刊行する。それぞれ独立した作品としても楽しめるが、続けて読むとより大きなストーリーが浮かび上がるという野心的な試みだ。どちらも今話題のモキュメンタリー(実録風のフィクション)手法のホラーでもある。
「この2作は映像の企画から生まれた作品です。鑑賞することで、観客が作品世界に巻き込まれてしまうような映像作品が作れたら面白いんじゃないかという話を映像プロデューサーとしていて、同様のアイデアを小説でも試みてみようと思いました。『閲覧厳禁』は読むことで否応なく事件の関係者になってしまう、これまでにない形のモキュメンタリー。ああ面白かった、で終わるのではなく、本当に呪われてしまったような感覚を味わえる作品を目指しました」
8月に発売された『スワイプ厳禁』は『閲覧厳禁』から派生して生まれた作品で、『閲覧厳禁』の前日談にあたる。大学のオカルト研究会に属する主人公は、OBでオカルトライターの八重樫から、〈ドウメキの街〉と呼ばれる都市伝説について調べるよう依頼される。N県の山奥にある廃墟の街を訪れた者は、体中に目がある怪物につきまとわれ、命を落とすことになるという。ネットの投稿をもとにドウメキの街を探り当てた主人公が、そこで見たものは……。
「都市伝説とか廃墟の街とか、その手の話は大好きなので楽しんで書きました。ドウメキという怪物が本当に存在するのかどうか分からないまま物語が進展して、ラストにはあっと驚く仕掛けがある。そういう意味ではミステリー作家らしいホラーになっているとも思います」
『スワイプ禁止』はとてもユニークな作りで、サイズはちょうどスマホほど。見開きの右ページには主人公が目にしているスマホの画面が掲載され、左ページには横書きで物語が綴られている。画像と文字で楽しむ、いわば体感型の小説なのである。
「小説を読む習慣がない人も、『面白そうだな』と気軽に手を伸ばせる本にしたいと思いました。本屋さんにスマホみたいな形の本が置いてあったら、なんだか気になるじゃないですか。それにスマホは今やインフラと言っていいくらい、誰もが使っているもの。その見慣れた画面の中から恐怖が迫ってくるという展開は、ホラーとしても効果的です」
自分でなければ書けないモキュメンタリーを目指した
若い読者にも気軽に読んでもらいたいという知念さんのたっての願いで、ワンコインでおつりのくる価格を実現している。
「関係者みんなで知恵を出し合って、税込み500円以下という価格をなんとか実現しました。これから小説を読んでみようという人に1500円出してもらうのは難しいけど、500円なら可能性があると思うんです。最近は書店も減っていますし、読書人口をどうやって維持していくかは出版界で考えるべき問題。そのためにはまず小説の面白さを知ってもらうことが第一ですから」
スマホを模した本であることが重要な意味を持つ『スワイプ厳禁』は、単体でも楽しめる仕掛け満載の一冊だ。しかし続けて刊行される『閲覧厳禁』と併読すると、また違った怖さや驚きが立ち上ってくる。『閲覧厳禁』は十数人の男女を殺害した連続殺人犯の精神鑑定を担当した医師・上原香澄へのロングインタビューを、さまざまな関連資料とともに掲載したモキュメンタリーである。
「モキュメンタリーは結構読んでいますよ。読書のハードルを下げるという点でも、リアルな恐怖を体感させるという点でも、面白い手法だと思っています。『閲覧厳禁』も読者を作品世界に深く関わらせたいと思ったので、モキュメンタリー形式を取りましたが、既存の作品と同じことをしても意味がない。僕にしか書けないものを考えて、ミステリーの要素を濃くすることにしました。最後にどんでん返しがあり、しかもすごく怖い。目指したのはそんな作品です」
上原とインタビュアーの会話を中心に進んでいくため、文章はテンポがよく読みやすい。香澄が訪れた場所の写真や建物の見取り図などがふんだんに掲載されており、謎解きに参加しているような臨場感が味わえる。
「会話だけで成り立っているので緊迫感とリアリティが出せますし、ミステリー的な仕掛けを埋め込むこともできます。しかも地の文がないので、本を読み慣れていない人にも届きやすい。文章から景色を思い浮かべるのって、本が苦手な人には実は難しいものです。状況をイメージしやすくするために、写真やイラストも多めに入れています。ヒントになったのは雨穴さんの『変な家』。あの作品も間取り図のおかげで、物語がかなり理解しやすくなっていますよね」
誰もが事件の関係者になる衝撃のクライマックス
殺人犯は〈ドウメキ〉を恐れ、凶行に及んだ。そして上原もまた自分を見つめる無数の視線を感じている。インタビューが進むにつれて明らかになる呪いの正体。そこにある医学的実験が関わってくる流れは、医療ミステリーを得意とする知念さんらしい。
「妖怪とか怪談は他にも得意な方がたくさんいますからね。読者が僕に求めていて、かつ僕自身も得意としているのは、医学を中心とした理系知識のホラー。科学的な裏づけをすることで、これは本当なんじゃないかというリアリティを生み出せる。作中に出てくるカルテの画像も、実際の書式を使っているんですよ」
『閲覧厳禁』の冒頭には、読んだら精神的な影響を受ける可能性がある、との「警告」が掲げられている。脅しと思ったら大間違い。実際この本は読者すべてを事件の当事者にしてしまう、危険で大胆な仕掛けを含んでいるのだ。最後の一ページには思わず絶叫。
「これがまったく新しいアイデアだと言うつもりはありません。ミステリー界では先例があるし、勘のいい読者ならピンとくるかもしれない。でもモキュメンタリーホラーに利用した作品はないと思う。ミステリーのトリックは出尽くしたと言われていますが、ホラーなど異なるジャンルと組み合わせれば、新しい面白さを創出できると思います」
人気作家による衝撃的内容のモキュメンタリーホラー、しかも2カ月連続刊行。間違いなく今年のホラーシーンの目玉となる企画だが、その背後には小説界全体を盛り上げたいという知念さんの思いがある。
「小学生向けに『放課後ミステリクラブ』という作品を書いたのは、未来のミステリー読者を一人でも増やしたいという思いがあったからです。今回の企画はその大人版のようなものですね。『何だろう』と興味を持ってもらうことで、まず手に取ってもらって、小説の楽しさを知ってもらう。そこから少しずつ、他の本に手を伸ばしてもらえたら嬉しいです。もちろんミステリーやホラー好きにも、『こんな仕掛けがあったのか』と楽しんでもらえる作品になったはずです」
取材・文=朝宮運河、写真=種子貴之
ちねん・みきと●1978年、沖縄県生まれ。作家・医師。2012年『誰がための刃』でデビュー。15年『仮面病棟』で啓文堂文庫大賞を受賞。作品にアニメ化・ドラマ化された「天久鷹央の推理カルテ」シリーズの他、『崩れる脳を抱きしめて』『ひとつむぎの手』『硝子の塔の殺人』『ヨモツイクサ』など。

『閲覧厳禁 猟奇殺人犯の精神鑑定報告書』
(知念実希人/双葉社)1760円(税込)*9月18日発売予定
都内で発生した大量殺人。犯人の男・八重樫の精神鑑定を担当した医師・上原香澄のインタビューから見えてくる事件の真相は? 人々を恐怖に陥れるドウメキとは一体何者なのか。『スワイプ厳禁』とリンクすることでさらなる恐怖が立ち上る。医療ミステリーの旗手が放つ、斬新な趣向のモキュメンタリーホラー。
既刊

『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』
(知念実希人/双葉社)499円(税込)
大学生の“オレ”がオカルト研究会のOBに依頼された都市伝説の調査。とある街に足を踏み入れると、全身に目がついた化け物・ドウメキに取り憑かれるという。調査を進めるオレも誰かの視線を感じるようになり……。スマホサイズのリアルホラー小説。