仕事相手を食事に誘ったら「最近婚約しまして」――ちょっと気まずいエピソードも赤裸々告白! 住吉美紀が40代の婚活も元カレ行脚も“棚卸し”【書評】
PR 公開日:2025/9/13

20歳、30歳、40歳……どの節目の年齢もきっと「思っていたよりも全然、大人じゃないや」と思いながら迎えるのだろう。自身を思い起こせば、20歳も30歳もそうだった。十の位の数字が変わるたいそうなことのはずが、あまりにも何も変わらなくて拍子抜けした。そりゃあそうだ。区切りの歳になったから、急にがらりと人間の中身が変わるわけでもあるまい。ましてや、たまたま十進法が採用されているこの世の中で、十進法の仕組み上“たまたまキリがいい数字”なだけの節目だ。仮に九進法や八進法が使われていたら、節目の時期も変わる。一昨日、昨日、そして今日の地続きで区切りの歳は来る。「これまでのあらすじ」ならぬ「これまでの私」を引き連れての節目は、いつになっても「思い描いていた大人」な自分ではないのだ。
住吉美紀さんの新刊エッセイ『50歳の棚卸し』(講談社)も、
50歳なんて、もっと大人だと思っていた。
という一文から始まる。
そこから住吉さんのこれまでの人生を振り返っていくわけだが、これがもうあまりにも剥き出しで、そしてとことん前向きだ。特に厚めに書かれているのは、住吉さんがNHKを退職してフリーのアナウンサーになった30代後半からのこと。人生を分かち合うチームを欲して婚活を始めてからの話が驚くほど赤裸々だ。住吉さんはNHKのアナウンサー時代に一度離婚を経験しているため、ここで綴られているのは再婚相手探しの婚活話ということになる。
住吉さんがある日仕事でご一緒した方に「御本を拝読しました」とメールをしたついでに食事に誘ったときのこと。それに対して相手からの返事は「すみません……先に申し上げます。最近婚約しまして、もうすぐ結婚するんです」だった。もちろん、メールでそんな話は一言もしていない。私ならこんなことを言われた日には、「なんですか! この人は! ただご飯に行くくらい誰とでもするでしょう! 恋愛のことしか考えてないんですか!」と自分の下心を棚に上げて憤慨しそうである。そこを住吉さんは、(当然このときの住吉さんは婚活中で下心があったわけなので)「なーんだ、残念、お幸せに!」と返信し、自分を棚上げしない。住吉さん、すごいよ……。あなたはなんて苦しいことをしているのですか……。それがどんなに恥ずかしく隠しておきたいような思い出だろうと、ひとつも目を逸らしていない。どんなに血が出て痛くても、傷口がヒリヒリしても、歯を食いしばってひとつひとつ棚卸ししているのだ。
他にもある。婚活の相手として、お互いをよく知っている元カレたちが最も適しているのではないか、と思い立ち、“元カレ行脚”を繰り返していたときのこと。ある元カレに住吉さんはこう言われる。
「君はとても素敵な人だと思う。けれど今の君は、20年前の君に、やっぱり勝てないんだ。僕はあの頃の君が、本当に好きだったんだ」
うっわぁ……立ち直れねぇ……。あまりにも酷い。
……と私はこれまた憤慨したわけだが、住吉さんはショックを受けながらもその一言を受け入れていく。この元カレの言い分では、どちらかと言うと20代の頃の容姿と比べて云々という話ではなく、怖いもの知らずの奔放さなど、中身についてが主な理由だったようだが、本当にそれだけか怪しいものである。それくらい、私たちが受けてきた「若い女の子=価値がある」の呪いは強い。
私の個人的な話をすると、ちょうど最近、「老い」にポジティブになり切れない自分がいる、と考えていたところだった。私もまさに40歳の節目が目前に迫っている年齢であり、「まだギリ30代」にどこかしがみついている自分にも気付いている。よく考えたら「若さ=価値」の観念から私はいまだ何ひとつ抜け出せておらず、先延ばしにしていただけだったのかもしれない。本書を通して、住吉さんの「棚卸し」を追体験していると、「棚卸し」とは「今の自分ときちんと向き合う」ことでもあり、これがどれだけ難しく、傷つきもがきながら行うことであるかを思い知らされる。
30代後半以降の住吉さんは、カナダの山奥へヨガ修業へ行き、ダンスカンパニー・コンドルズの本格的なダンス合宿に参加し、日本料理を習い、そこから茶道の世界へ足を踏み入れ、行く先々で友達を作り、義実家の家業である稲作を手伝い、人生を謳歌しまくっている。そう、住吉さんの婚活はしっかりと実を結び、42歳で再婚した。そこから不妊治療を始め、周囲の仕事関係者に誰にも言えず、ラジオでも話せず、何年も孤独に戦い続けた住吉さん。ラジオパーソナリティーとしていつもリスナーを元気づけてくれる底抜けに明るい(ように見える)人でも、こんなに一人で苦しんだ時間があったんだ、と驚く。この本は、ラジオだ。住吉さんがひたすらまっすぐ人生を振り返ることで、「どんなにしんどい出来事があっても、一人じゃないよ」と同時に耳元で話しかけてくれている気がした。住吉さんのラジオをそのまま具現化したような本だ。
そんな先輩の姿に背中を押してもらえた、とポジティブなことを言えればいいのだが、いかんせん私はまだ“40歳の棚卸し”ができていない、と思う。正直に言うと、私はまだ40代になりたくない。「たまたま十進法における節目なだけ……」とわかっていても、「40」という数字に心が負けている感覚がある。棚に上げて上げて埃がかぶっているあれやこれやを、棚卸ししないと……、と思ったのだった。
文=朝井麻由美