コミュ障でオタクな青年が救世主に!? 持ち前の手先の器用さを生かし、魔法の杖で崩壊世界を救え【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/9/25

崩壊世界の魔法杖職人
崩壊世界の魔法杖職人(黒留ハガネ:著、かやはら:イラスト/KADOKAWA)

 宇宙人が攻めてきたり怪獣が現れたりした時に、マンガやアニメの主人公のように自分も生き延びられると思いたいけれど、現実には超能力なり魔法といった特別なスキルでもない限り、モブのひとりとして死んでいくことになるだろう。

崩壊世界の魔法杖職人』(黒留ハガネ:著、かやはら:イラスト/KADOKAWA)に登場する大利賢師も、流星群についてきた謎の物質によって魔物に変わった生き物たちが跋扈するようになった世界で、真っ先にやられてしまっても不思議のない存在だった。それが、ただ生き延びただけでなく救世主と目されるくらいの人物になってしまうのだから、主人公パワーというのはやはり凄い。

 そのパワーが超能力とか魔法の力でないところがこの小説のポイントだ。類い希なるオタク的な造形力を持っていたことと、極度の人見知りだったこと。それらが大利を混乱から生き延びさせ、救世主にまでしてしまった。

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 人見知りだったから、誰とも会わずにすむよう奥多摩に引っ込んでいたことで、魔物の出現で起こった大混乱に遭わずにすんだ。もっとも、通販で取り寄せていた食料や燃料が届かなくなれば状況は街の住人と変わらない。そこで造形師としての手先の器用さがパワーを発揮した。魔法を使えるようになる道具を作ってしまったのだ。

 電気を食らって増殖し、生き物を魔物にしてしまう謎の物質は、削って磨き上げることで魔法を発動させるキーデバイスになる。そして大利だけが、魔法の力を最大限に放てるような形に石を加工できた。まさしく芸は身を助ける。異変前もエンタメ作品に出てくるアイテムを造形してファンから喜ばれていたけれど、異変後は世界を救おうと戦っている人たちを支える魔法杖職人になったのだから大出世だ。もしもの時に生き延びるために、自分も今から造形師になる訓練を始めてみようかという気になってくる。

 そんな大利の成り上がりストーリーだけでも味わい深いけれど、彼の造形力を魔法の力に変えて発揮してくれる存在がいてくれるから、その価値も際立って見える。その存在こそが奥多摩に近い青梅の街を守っている青の魔女であり、魔法の言語を研究している大日向慧博士だ。

 ある状況から青の魔女と知り合った大利は、彼女のために削った魔石を埋め込んだ杖を作って贈る。この魔杖「キュアノス」が東京を壊滅させようとしていた100メートルもの巨大怪獣をあっさり撃退した。魔法の呪文を研究していて暴走した魔法に当たりオコジョになってしまった大日向慧博士も、大利によって制作された魔法杖を使って安全に研究に取り組んだことで、誰でも魔法を震える状況を作り人が生き延びるために必要な食料の増産を可能にした。

 東京23区や周辺の市町村を、青の魔女と同様に魔法を使える魔女や魔法使いがリーダーとなって面倒を見ている状況が出来上がっていて、そこに魔法杖職人として力を貸すポジションは陰の実力者っぽくて格好いい。独裁者にはならずハーレムも作らないところも好感が持てる。ほかにあまりないヒーロー像に触れられる作品かもしれない。

 各地区を守る個性的な魔女や魔法使いにも惹かれる。各地に目玉を送って監視する目玉の魔女はなかなかアクティブ。大利をさらった竜の魔女は傲慢だけど、空を飛んで遠い場所の情報を伝える役割を果たしている。そして青の魔女。キュアノスの力で最強の存在になりながら、賢師の才能にベタ惚れしてよく知らないボードゲームで一緒に遊んでくれようとするところが可愛らしい。

『魔法杖職人』には続きがあって、そこでは魔女や魔法使いにとてつもないピンチが訪れ、大利が超人見知りの信念を曲げるくらいの活躍を見せる。世界の復興に関わる中で変わっていく大利の日々を追いつつ、いざという時に自分には何ができるのかを考える。そんな楽しみ方もできそうなシリーズの開幕だ。

文=タニグチリウイチ

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