ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、野宮有『殺し屋の営業術』

今月のプラチナ本

公開日:2025/10/6

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年11月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
(写真=首藤幹夫)

野宮有『殺し屋の営業術』

講談社 2145円(税込)
営業成績は常に1位、契約成立に全てをかける凄腕営業マン・鳥井は、ある訪問先で死体を発見し、直後、背後から襲われ意識を失う。襲ったのは、家主の殺害を請け負っていた「殺し屋」だった。山奥で口封じされそうになり絶体絶命の状況の中で、殺し屋相手に「ここで私を殺したら、あなたは必ず後悔します」と語り出す。命と引き換えに殺人請負会社の営業をすることになった鳥井だったが……。

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のみや・ゆう●1993年、福岡県生まれ。長崎大学経済学部卒業。2018年に第25回電撃小説大賞で選考委員奨励賞を受賞し作家デビュー。著書に『愛に殺された僕たちは』『ミステリ作家 拝島礼一に捧げる模倣殺人』などがある。「少年ジャンプ+」ではマンガ原作者として『魔法少女と麻薬戦争』を連載中。

【編集部寸評】

知識欲をくすぐる本書の営業戦略に完敗

あらゆる感情が欠如した鳥井が唯一、執着らしきものを見せるのはペットのヨウムだ。5歳児程の知能を有すると謂われる賢い鳥が示唆する、スマートな頭脳戦に胸躍らせて頁を捲る。すると働き方改革なんてなんのその、違法すれすれ(むしろアウト)な営業術を駆使する仕事人は、血に塗れた裏稼業でその真価を発揮してしまう。心地よい悪夢の如きスリリングな展開の合間で、絶妙に挿入されるユーモアに思わずクスリ。死に直面し続ける彼の破天荒な言動に魅了されて、一息に読み終えた。

似田貝大介 本誌編集長。二十数年ぶりに恐山に行ってきました。当時の副編集長に出会い、私が本誌編集部に入るきっかけとなった思い出深い場所です。礼拝。
 

死に近づくことで輝く「生」もあるのか

圧倒的成績を誇る営業マンの裡にある果てしない空虚さに、序盤から引き込まれる。「何をしていても虚しいのだ(中略)自分の人生を生きている実感がない」。そんな主人公が命を脅かす危機に見舞われてから、妙にイキイキしはじめる。平時において生の実感が得られない者にとって、死の近接こそが生を輝かせるのだろうか。悪にまみれた高揚の中で圧倒的成果を残し続ける彼の姿は、空虚さを抱える一介のサラリーマンの何かをザワつかせてくる。この心意気で働きた……くはないか。

西條弓子 今号でダ・ヴィンチを卒業します。8年間、楽しい仕事をたくさんさせてもらいました……と言いつつ、今後はダ・ヴィンチWeb編集部におります!
 

スキルアップ転職

文芸編集者はつぶしがきかない職業だ。しかし営業は商材が変わっても、商談というフィールドであれば身についたスキルが活かせるらしい。殺人現場に遭遇したトップ営業マンの鳥井は、生き延びるために殺人請負会社を立て直すことになる。契約のためなら手段を選ばない鳥井も、本物のアウトローたちの前では平凡な人間だと自覚するが、いやいや全然平凡なんかじゃない。強烈な殺し屋たちを相手に、現代社会の営業術で文字通りサバイブしていく姿が痛快な、一気読みエンタメ小説。

三村遼子 さすがにもうサンダルの季節ではないなと思っておろしたパンプスでさっそく靴ずれ。そのたびに絆創膏を買ってしまうので、家の在庫は潤沢です。
 

貫かれる鳥井スタイル

窮地に追い込まれたときほど、人の本質が試されるというが、有能な営業マン・鳥井は、あらゆる手を使ってピンチをチャンスに変える。殺されそうになっても「三億稼ぎましょう。(中略)それだけあれば、私への殺意を収めていただけますか?」と言ってのけ、常識外れの営業トークで周囲を巻き込む強引な姿に、いつの間にか魅了されていく。営業トークに挟み込まれる、鳥の生態を絡めた小話にも思わず笑ってしまう。冒頭から最後の一行まで貫かれる、鳥井スタイルをぜひ堪能してほしい。

久保田朝子 眼精疲労を改善しようと、目を温めたり、ヘッドスパに通ったりとさまざまな方法をお試し中。スマホを見る時間の削減が一番効果的!?という結論に。
 

目覚めさせてはならなかった人

過去に類を見ないほど高い売上目標を達成し、入社から13カ月連続で社内の最優秀者として表彰される。そんな営業として華々しい活躍をしながらも、どこか満たされない日々を送る鳥井が殺人の営業を請け負い、〈目覚めていく〉姿に背筋が凍る。「――この男は、悪魔だ」「こんな化け物は、表の、真っ当な営業の世界に留めておくべきだったのだ」。当初はアウトローな世界に翻弄されていたはずの彼が、次第にその世界の住人にさえ恐怖を抱かせる存在になっていく姿から目が離せない。

前田 萌 ヨガを始めました。朝はヨガで汗をかき、夜はぐっすり眠る。そんな健康的な生活を目指したいです。果たして、実現できるのだろうか……。
 

疾走感あふれるハイスピード・ミステリー!

観察力や分析力、そして目の前の人間の心を動かすトーク術。主人公の鳥井はこれらを全て持ち合わせている。一見すると、いかにも真っ当な仕事人。私にもその能力を少し分けてほしい……とつい思ってしまう。しかし、あるきっかけでこれまでの生活は一変し、鳥井は“闇の世界の営業人”となっていく。定石通りに進まない案件の数々に戸惑うかと思いきや、瞬く間に裏社会へと適応していく姿から彼の本質が浮かび上がる。ハイスピードで状況と感情が変化していく、疾走感あふれる一冊。

笹渕りり子 駆け抜けるように過ぎ去った上半期。いつの間にか世間からハロウィンの気配を感じる。仮装に挑戦してみたいと毎年思いながら秋が終わっていく。
 

殺し屋も、大切なのはチームワーク!?

超敏腕営業マンで裏社会でもセールスを担う主人公・鳥井をはじめ、登場人物がとても魅力的な本作。特に惹かれたのは、鳥井の対抗組織に所属する同じくトップセールスの若き美女・鴎木美紅と190センチの体躯を誇る凄腕の殺し屋・百舌のコンビ。一見ちぐはぐに見えるが、目線だけでコミュニケーションしてみせたりと、共に過ごした時間を感じさせる描写がとてもいい。ついつい二人の味方をしたくなってしまう。ぜひ皆さんにもお気に入りのキャラクターを見つけてみてほしい。

三条 凪 猛暑の影響で今年から9月に実施となった音楽フェスに参戦。まだまだ暑いものの日差しの中のビールもほどよい風もとても気持ちがいい。最高でした。
 

凄腕営業マンに翻弄されてみて

「殺し屋」と「営業術」というタイトルを一読し、どういう関係なんだ?と思ったのも束の間、一気に物語に引き込まれた。一見まったく違う世界の二つの言葉がこうも見事につながるとは。「殺し」という非日常に迷い込んだ鳥井は、襲いかかるピンチをいったいどんな営業テクニックで乗り切ってみせるのか、その一挙手一投足にわくわくし始める。最初は苦手だった打算的でリアリストな彼のことを、だんだん好きになっていると気づいたとき、ああ自分も彼の営業術に呑まれたのだと知る。

重松実歩 会社には付き物とはいえ、異動辞令を見るといつも寂しくなる。毎日の丁寧なお仕事と、カラオケでシャウトしているその背中。すべて忘れません!

口は銃よりも強し

古代中国、蘇秦はその弁の才で、武力がモノを言う戦乱の世の国々をまとめ上げたという。力ある言葉には、それだけの可能性があるのだ。殺し屋にだって耳はある以上、営業術を極めた人間の言葉にはその耳が傾いてしまうのだろう。驚き、戸惑い、納得を経て次々と主人公の思惑が形になってゆく。とは言え彼も殺しの世界に身を置くのは不本意なはず。その葛藤をはじめ、ロジカルな会話だけでない、心の動きまでがリアリティを持って迫ってくる、目を離す隙がない特大のエンタメだった。

市村晃人 毎月、感想と共になぜかこの寸評の切り抜き写真を同期が送ってくれます。今月も来るのでしょうか。なにはともあれ、反応があると嬉しいものです。

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