作家・雫井脩介、デビュー25周年!大藪春彦賞を受賞、映画化もされた「犯人に告ぐ」シリーズ完結作『犯人に告ぐ4 暗幕の裂け目』【書評】
PR 公開日:2025/10/22

ついに完結である。雫井脩介「犯人に告ぐ」シリーズ(双葉社)、第1巻の刊行は2004年。警察やマスコミに煽情的なメッセージを送りつけ、劇場型犯罪を仕掛けてくる連続幼児殺人事件の犯人「バッドマン」に対し、神奈川県警の特別捜査官・巻島がテレビ出演して煽り返すことで手掛かりを集める劇場型捜査が話題となった。
かつて誘拐事件でみすみす犯人を逃し、幼い子どもを死に至らしめた巻島が決して手放すことのできない後悔と、それゆえの執念――捜査のセオリーをひっくり返してでも犯人を捕まえようとする姿に、多くの人が胸を躍らせた同作。続編が刊行されたのは、2015年のことである。
バッドマン事件を無事解決した巻島が、次に対峙することになったのは特殊詐欺の裏側に潜む「リップマン」と呼ばれる人物。その正体は、レスティンピース(Rest In Peace)――「安らかに眠れ」が口癖の淡野という男で、彼の指示によって亡き者にされたとおぼしき死体に「R.I.P.」と文字が刻まれていたことから名づけられたのだが、『2』では淡野に見込まれた砂山知樹という青年、そして『3』では淡野自身の視点を、巻島と交互に描写しながら物語は展開していく。
そして絶対に逃げられるはずのない包囲網から淡野が消え、その行方を追いながら、さらに背後にかまえる「ワイズマン」なる黒幕に迫るのがこのたび刊行された『犯人に告ぐ4 暗幕の裂け目』である。正確にいえば、淡野を名乗る男は捕まっているのだが、どう見ても偽者。本物は生きているのか死んでいるのかわからない。その真相については、『3』のラストを読んでいただくとして――。
このワイズマンなる人物、裏稼業から手を引くために、これを最後にと危険をおかして大仕事に加担した淡野を、あっさり切り捨て殺害指示をくだした、極悪非道の人物である。『2』『3』と違って、犯人側の心理が赤裸々に描写されても、まったく肩入れできない。かわりに心を寄せてしまうのが梅本佑樹という大学院生の青年だ。父親が突然倒れ、学費を自分で稼がなくてはいけなくなった彼は、生きるため、未来を切り開くため、ワイズマンの息のかかった闇バイトに手を染めてしまう。
ワイズマンの目的は、横浜のIR誘致に絡んだ利権。どこまでいっても私腹を肥やし、みずからの地位を盤石にすることにしか興味がない。その手足として、汚れ仕事を請け負わされて、使い捨てにされるのはいつだって、梅本のような力をもたない、追い詰められた人間なのだ。理不尽に内定を取り消され、弟とともに生きていくため闇社会に足をつっこんだ砂山知樹も、強者としてのしあがったはずの淡野も、結果的には同じだった。
公開捜査のため配信番組に出演する巻島による再びの劇場型捜査と先の読めないスリリングな展開。一見、エンタメ性に満ちた本作に、私たちが魅了されてしまうのは、悪であるはずの犯人たちを通じて、決して他人事ではない社会の構造、弱者が搾取される理不尽な仕組みを描いているからかもしれない。
ワイズマンとの対決だけを読んでもじゅうぶん楽しめるのだが、巻島が背負い続けている悔恨や、淡野をはじめとする末端の悪たちが生きる背景をふまえると、見える景色はまるで違ってくる。1巻の「あの人」もまさかの形で再登場を見せるので、ぜひとも1巻から連なる壮大な流れに身を任せてほしい。
文=立花もも