畑野智美「モラハラと言いきれない微妙なラインの出来事を描きたかった」寝具店での経験を生かした「睡眠✕再生物語」【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/10/18

 畑野智美さん

 婚約者を事故で亡くして以来眠れなくなった女性が、デパートの寝具売り場で働き始め、眠りに関するお悩みを抱える人々と接し、自身も少しずつ立ち直っていく――。畑野智美さんの小説『宇宙の片すみで眠る方法』(ポプラ社)は、傷ついた人の再生物語であるだけにとどまらず、著者自身が寝具店で働いた経験をもとにしていることから、寝具に関する情報も豊富だ。眠りについての悩みとパートナーとの関係の違和感が重なるという点も興味深い本作について、畑野さんにお話をうかがった。

――読み終えた誰もが、自分にぴったりの枕を探したくなるんじゃないでしょうか。こんなにも寝具に詳しくなれる、睡眠に必要な知識満載の小説は、他にないと思います。

畑野智美さん(以下、畑野) 私自身が、寝具店で2年間働いた経験を活かしています。ちょうど働きはじめたころに、お仕事小説を書きませんか、という依頼をいただいたんです。(働く場所として)寝具店を選んだのはたまたまでしたが、せっかくなら小説のネタとしても日々の糧にしよう、と最初から店長に「いつか、小説に書きます」と伝えていました。それはつまり、誰よりも寝具に関する知識を身につける覚悟があるということなのだ、とも。実際、時間さえあれば店長に質問していました。でも、正しい知識がお客様に必要とされるかといえば、そういうわけでもなくて。

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――デパートの寝具売り場で働く主人公の依里(より)も、お客さんの体型に合った枕を薦めようとして、「それじゃない」と面倒がられる場面が描かれていましたね。

畑野 お客様の首は細いから、硬い枕だと痛くなる場合がありますよ、柔らかくて低いもののほうがいいですよ、と言っても「自分は硬い枕じゃないとだめなんだ」「わかっていない」と突っぱねられてしまうんです。私が働いていたのはオーダーメイド枕の店で、あとから素材を入れ替えることもできたから、お客様の希望どおりに枕をつくった数日後「やっぱり合わなかった」と来店されることもしょっちゅうでした。でもそういうことって、人間関係でもよくあるじゃないですか。客観的にみて、絶対に合わない相手と、なぜかずるずると付き合いを続けてしまうとか。

――ありますね。「自分にはこの人じゃないとだめなんだ」と思い込んでしまう。

畑野 自分に合うものを選ぶって、こんなにも難しいんだな、と体感したことが、この小説の根底には流れています。冷静に考えれば、有名アスリートが愛用しているからといって、体のつくりがまるで違う自分に合うとは限らないのに、「これが最高級のいいものなんでしょう?」とつい惹かれてしまう。雑誌やテレビで特集されている「良質な睡眠をとるための方法」を、たとえ効果が出なかったとしても、いいものだと信じて習慣化してしまう。そんなことが、世の中にはあふれているんだなあ、と。

――恋愛や結婚も「みんながいい人だっていうから」「世間的にみて、条件のいい人だから」と相手を決めることは少なくないですね。

畑野 そうして時間がたち、うすうす自分には合わないことを察しはじめても、そういうものだと受け止めてしまう。不思議ですよね。座り心地の悪い椅子にずっと座り続けることはないのに、朝起きたときに首や腰が痛いことは、寝具のせいにはしない。疲れているからかな、最近暑いからかな、と別のところに原因を探す方がほとんどなんです。裏を返せば、肩がこり、首や腰が痛くなる原因に心当たりがあるということで、それなりに値段の張る寝具を買いに来ようとする人たちは、なにかしら人生に悩みを抱えているということでもあります。そういうお客様たちの話を、常々聞かせていただいていたこともまた、本作を書く礎になりました。

――依里のお客さんである田島さんという女性は、見合い結婚した夫に従うばかりで、寝具も夫がいいというものを使っていました。彼女のように、自分の体に合うかどうかなんてそもそも考えたことがなかった、という人も多そうですよね。

畑野 それは、男女不平等の時代を生きてきた証でもあるんですよ。その時代はまだまだ、いろんな場所で続いている。決して、昭和の話ではない、ということもまた働きながら気づいたことの一つです。枕カバーやシーツを洗うのは女性であることがほとんどだし、一緒に寝る夫の好みを優先して、お金をかけるならまずは子どものために、と考える女性はとても多い。接客していて田島さんのように「なんでこんなに偉そうな夫と結婚したんだろう」「なぜこの人は、自分が我慢することがあたりまえだと思っているのだろう」と感じることも、多々ありました。

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