女版“半沢直樹”!? ライバル企業のアイデア盗用、親会社への出向…血気盛んな女性社員が奔走する痛快エナジー小説【書評】
PR 公開日:2025/10/23

アドレナリンが噴き出し、思考も手も止まらなくなる。頭の中にあったイメージが実現に向かって進んでいく快感。それを感じた時、心の底から「ああ、この仕事をしていて良かった」と思う。むしろ、そんな瞬間のために、私たちは日々「なにくそ」と思いながらも、必死に働いているのではないだろうか
そんな気持ちに共感する令和のビジネスパーソンにオススメなのが、『高宮麻綾の退職願』(城戸川りょう/文藝春秋)。松本清張賞選考会で話題を呼び、ベストセラーとなった『高宮麻綾の引継書』(城戸川りょう/文藝春秋)に続く、痛快サラリーマン小説だ。「女版・半沢直樹」といえばイメージしやすいだろうか。いや、この物語の主人公・高宮麻綾は、半沢直樹以上に、強烈。理不尽な会社組織の中で、自分のアイデアを実現するために奔走、いや、時に暴走する高宮の姿はヒヤヒヤもの。だけれども、その危なっかしさ、ほとばしる情熱は、仕事というものの厄介さと面白さを思い出させてくれる。
親会社・鶴丸食品に出向となった高宮麻綾は、グループ企業・鶴丸ビバレッジの業績回復支援として、新たなプロジェクトを実現させようとしている。その名も、アポロン・プロジェクト。eスポーツ業界で頭角を現してきている株式会社アポロンが初めて大規模な大会を開くという情報を手に入れた高宮は、この大会に公式ドリンクパートナーとして食い込めないかと考えているのだ。身体を酷使しがちなゲーマーたちに、カフェインの代替素材を使ったオリジナルドリンクを提供し、鶴丸ビバレッジの新たな収益の柱としたい。だが、上司はノリ気ではないし、後輩は麻綾に怯えている様子で、挙句の果てに高宮はパワハラ疑惑で、研修に参加させられる始末。そんな日々の中でも、どうにかプロジェクトが形になりかけた矢先、ライバル企業が、高宮のアイデアを盗んだとしか思えない情報を公開して……。
この巻から読み始める人は、麻綾の短気っぷりと喧嘩っ早さに面喰らうかもしれない。だが、前巻からのファンは、彼女が本調子ではないことに気づくはずだ。序盤の高宮は、後輩にビクビク、同僚にムカムカ、上司にイライラ。血気盛んではあるものの、前巻のようななりふり構わず突っ走るような姿はない。本人もそれを自覚し、大好きなはずの仕事を楽しめず、孤独をも感じている。だが、新たな仲間を得た高宮は、次第に本来の自分を取り戻していく。この物語の世界は誰が敵で誰が味方か分からない。味方だと思っていた相手が敵だったり、その逆もある。そんな緊迫感の中で悩み、苦しみ、葛藤しながらも、状況を打開していく高宮の姿に共感させられ、思わずふと頬がゆるむ瞬間にも出会えるのだ。
本書で特筆すべきは、“ライバル”の存在。その人物は、高宮より年上だが、高宮にそっくり。高宮のように喧嘩っ早く口が達者。自らの発想を疑わず、事業実現にむけて突き進む。そんなライバルと高宮が火花を散らす熾烈な戦いに、ビジネスマンなら痺れずにはいられまい。
「私たちは、単にこの大会のスポンサーになりたいわけじゃない。皆さんと一緒に、戦場に立ちたいんです。手強い宿敵に、クソみたいな親会社に、心が折れてしまいそうな現状に、そして情けない自分自身に、『なにくそ』って言い返してやるために。『たまらない瞬間』を摑み取るために!」
この本は、まるでエナジードリンク。高宮の熱がページからあふれ、気づけば自分の中に伝播している。眠っていた闘志が呼び覚まされ、「私も“たまらない”と思える仕事をしてみたい」「もう少し頑張ってみようか」と思わず奮い立つ。日々、会社や上司、部下との間で悩み続けているあなたにこそ手に取ってほしい。仕事への意欲を再び燃やしてくれる——そんな1冊だ。
文=アサトーミナミ