幽体離脱に、AIロボット、人工子宮⁉︎ 直木賞作家・白石一文が「男女の未来」をテーマに描く、奇想天外なエンタメ小説『ファウンテンブルーの魔人たち』【書評】
公開日:2025/10/25

幽体離脱に、AIロボット、幽霊、人工子宮、隕石落下、不可解な連続死、地球の根本原理……。一見、突拍子もない掛け合わせに思えるが、それらは思いがけない化学反応を惹き起こしていく。荒唐無稽な物語であるはずなのに、あながちありえないとも言い切れない。むしろ、読めば読むほど、もっともらしく思えてくる。近い将来こんな事態が訪れたとしてもおかしくはないような気がしてくる。
そんな不思議な小説が『ファウンテンブルーの魔人たち』(白石一文/新潮社)。愛と終末をめぐる超弩級のエンターテインメント小説だ。こんなにもぶっ飛んだ小説が他にあるだろうか。この本はSFであり、ミステリーであり、幻想小説であり、そして、未来を描いた予言の書のようでもある。一体、どこへ連れてかれるのやら。文庫で800ページ超というその分量に最初は戦いたが、本を開けば一瞬。先の展開が全く読めず、続きが気になってたまらず、貪るようにページをめくらされ続けた。
舞台は近未来。50代の小説家・前沢倫文は、大学生の恋人・英理と、新宿御苑に程近い60階建てのタワーマンション「ファウンテンブルータワー新宿」で暮らしている。英理によれば、そのマンションの17階では、米露中の要人が立て続けに不可解な死を遂げたらしく、しかも現場では“白い幽霊”が目撃されているという。前沢はマンション内を偵察していく中で、AIロボットのマサシゲと出会う。そして、英理やマサシゲとともに、このマンションに隠された秘密を追っていくのだ。
「この三年の間に二十人近くの外国人がうちのマンションで突然死しているんです。しかも亡くなったのは17階の事件同様、アメリカ人、ロシア人、中国人に限られています」
このマンションで何が起きているのだろう。好奇心があるのかないのか分からない、どこか自由人的な印象を抱かせる英理。性別も姿形も変幻自在の、どんなことだってできてしまうAIロボット・マサシゲ。離婚した元妻との子で、やると決めたら猛烈な勢いで実行へと移していく娘の純菜——次から次へと出てくる個性的な登場人物たちに翻弄させられ、序盤はもしかしたら、脳が混乱するかもしれない。だが、次第にそれは、痛快さに変わる。どんどん明らかになっていく、地球規模の事実に自然と鼓動が高まる。「いくら何でも壮大すぎるだろう」と思いながらも、この物語にはとてつもない引力がある。しかも、そこには驚愕の仕掛けが隠されていて……。
この物語は、そんな怒涛の勢いで私たちを飲み込んでいく。あらゆる事柄が描かれているが、この物語の一番の大きなテーマは、近未来の男女の関係。「もしかしたら、男と女は一度、本気で戦う必要があるのかもしれない」ということだ。セックスを抜きにした時、果たして男にとって女は、女にとって男は、本当に必要といえるだろうか。AIロボットとの自由自在なセックスが可能になった時、人工子宮での出産が可能となった時、そんな問いは至極真っ当なものであるはず。アダムとイブ以来の繁殖形態に挑む展開には、誰だって驚かされるに違いない。
奇想天外、摩訶不思議。突拍子もない、壮大なでたらめの物語のようでいて、社会問題にまで切り込んだ文明論を展開していく。圧倒させられること間違いなし。この本でしか味わえない奇妙な読後感を、度肝を抜くような疾走感を、是非ともあなたも味わってほしい。読み終えたあと、きっとあなたは、世界が今までとは少し違って見えることに気付かされるだろう。
文=アサトーミナミ
