直木賞作家・大島真寿美「超天才の少女マンガ家たちが綺羅星のごとく現れた、特別な時代」かつて“100万少女”が夢中になった「少女マンガ雑誌」。編集部を舞台にした小説を今書いた理由《インタビュー》
公開日:2025/10/25
「少女マンガ編集部」で、マンガ家の担当になれなかった女性たち

――物語の始まりは、高校を卒業して経理補助として勤めはじめたばかりの牧子という女性の視点で描かれていくので、彼女が主人公なのかと思いきや、次々と語り手が変わっていくので驚きました。
大島 カラオケでマイクを奪い合うみたいな感じになっちゃったんですよね。誰かひとりの視点で書いていると「私にも、俺にも、語らせろ!」とばかりに、別の誰かが出張ってくる。みんなが聞いてほしがっている声を、求められるままに次々と私は書いていったというイメージです。その勢いについていくのが大変だった(笑)。牧子を主軸にすれば、いろんな立場の人をつなげられるなと思ってはいたけど、想像以上に大勢が登場してしまいましたね。
――雑誌づくりに手一杯の編集部では経理業務が疎かになりがちだから、いつしか経理部から常駐の事務員が派遣されるようになった。それが牧子です。そんなポジションがあったのか、とまずそこに驚きました。
大島 取材をはじめて早々に、経理補助という立場の人がいた、ということはわかったんですけど、編集者のみなさんに詳しく聞こうと思っても「そういえば、いたね」くらいの感覚なんですよ。女性編集者の話を聞いても「ああ、いたね」。同じ場所で働いていたはずの女性たちのことは、あまり見えていなかったんだなあ、と感じました。でも、見えていなくても、編集部のなかに女性は確かに存在していて、戦っていたはずなんですよ。あの時代、ふつうに生きて仕事しようとするだけで戦わざるを得なかったんだよな、と思ったことも、この小説には表れていますね。
――男性も懸命に誠実に生きて仕事に向き合っていたことが、それぞれの視点で描かれていますが、本作を読んでいるとどうしても、機会を平等に与えられないなかで道を切り開いてきた女性たちの生きざまに想いを寄せざるをえませんでした。
大島 意図していたわけではないけれど、当時、女性はマンガ家の担当をさせてもらえなかったことなどを知って、けっこう衝撃を受けたんですよね。男性も頑張っていたし、差別する意識もなかったと思うけど、ごく自然にスルーしていることがたくさんあったのだろうと思ったんです。それでもどうにかして担当を持とうと奮闘したり、「女の子だからってピンクばかり好きなわけじゃない。シックなブルーグレーやモスグリーンを使っておしゃれにしたい」とデザインを変えようとしたり、一歩にも満たない小さな歩みをこつこつ積み重ねながら、可能性を広げていった人たちがいた。その描写は、2014年に書くよりも今の方が響きやすいだろうなと思います。
――少女マンガ誌を軸に出版業界を描いた小説ではありますが、きっとほかの業界でもあっただろう、そして今もなお起きていることだろう、と感じさせるものがありました。
大島 起きているでしょうねえ。取材でお話をうかがった女性編集者も「私はいつも女の人の味方だったわよ」「女の人に意地悪する意味がわからない」とおっしゃっていて、徒党をくんで立ち向かうというのとはまた違う、ちっちゃく手をつないでいるような、うんとかすかな連帯が存在していたことを私は感じました。それだけをものすごく書きたかった、というわけではないけど、いろんな人たちの声が私のなかを通過して、物語のエッセンスとして滲み出るものだから、やっぱり書かざるをえなかったんでしょうね。
――少女マンガが大好きで、担当したくてたまらなかったけれど、チャンスをつかむ前に辞めてしまった美紀と、残り続けてチャンスを得た克子。二人の対比も、とてもよかったです。めちゃくちゃ親しくなるわけでも、連絡をとりあうわけでもないけど、この町のどこかにあの人がいると思うだけで頑張れるような気がする、そんな連帯感は、共感する読者も多いのではないでしょうか。
大島 望んだわけではないけれど、編集部から出ていかざるを得なかった人もたくさんいたということが、取材を進めるうちにわかってきたので、書いておきたかったんですよね。美紀のような人も、星をつくる大切な一つの存在だったということを。そういう、戦後における女性の存在を考えるうえで、少女マンガ編集部というのは示唆に富んだ舞台だったのだなと、ふりかえると思います。偶然うまくいった、というだけなんですけどね。
