直木賞作家・大島真寿美「超天才の少女マンガ家たちが綺羅星のごとく現れた、特別な時代」かつて“100万少女”が夢中になった「少女マンガ雑誌」。編集部を舞台にした小説を今書いた理由《インタビュー》
公開日:2025/10/25
「少女マンガ」が女性たちの希望となっていった時代

――そもそも少女マンガ家という存在が特殊ですよね。10代からマンガを描き、世を席巻するような作品を生み出し続ける彼女たちを、大人の男性が支えて商売に変える。彼女たちの底知れなさを、「鵺(ぬえ)」と表現する綿貫という男性編集者も登場します。
大島 当時のマンガ家は、本当に綺羅星のごとく、超天才としか言いようのない少女たちばかり。少女がクリエーターとしてプロになるなんて、史上初の現象だったのでは、というくらい特別な時代をつくりあげてしまった彼女たちは、やはり、これまで男性編集者たちが接したことのない、新たな人種だったのだろうと思います。そういう意味でも「鵺」はふさわしい言葉ですし、綿貫誠治がそう感じるのはすごくよくわかる、と思いながら書いていました。
――まさに、その特別な時代のきらめきを浮かび上がらせるような小説でした。個人的には、新しい視点で「戦後」を切り取った小説でもあるな、と思ったのですが。
大島 ああ、なるほど……。傷痍軍人を見かけなくなった、みたいな描写もありますからね。ことさら時代を反映しようと思ったわけではないのですが、作中にも書いたとおり、当時の『マーガレット』には、少女たちに時事を伝えるコーナーがもうけられていたんです。牧子が、編集部で雑誌を読んで時勢を学んだように、よど号ハイジャック事件も、あさま山荘事件も、それで詳細を知ったという子どもたちはたくさんいるでしょうし、世の中で起きていることの衝撃を反映して作品を生み出す方もたくさんいた。そういうことは、書いておきたいなと。
――〈女の時代が始まってんだよ。大丈夫だよ〉と男性編集者が言う場面もありましたが、少女マンガが〈可能性の扉〉となって少女のみならず女性たちの希望となっていく姿に、読んでいて本当に、打たれました。自分にはもっといろんなことができるかもしれない、と今を生きる人たちにもきっと希望を抱かせてくれると。
大島 そう思ってもらえたならよかったです。昭和が舞台だからといって、ノスタルジックな物語にはしたくなかったんです。最初に言ったように、読み終わったとき「ここに立ってる」と思えるような、今にちゃんとつながる話であってほしい、と。だから、60~70代の人たちが読んで何かを思い出してくれたらすごくうれしいですね。自分たちが当時、何をもらっていたのか、何に心をときめかせていたのか、思い出すことで新たな力になってくれたらいいな、と。
――大島さんの文体がいつになくポップで、少女マンガのようなかわいらしさがあるので、あんまりノスタルジックは感じなかったですね。
大島 マンガに寄った書き方をしたいと思っていたんですよ。当時の少女マンガをたくさん読んだから、そのエッセンスも自然と出てきているはず。ただ、書いているあいだはとくに意識していませんでした。私はいつも、1行目が生まれたら、あとのことはなんとかなるって思っているんです。どうやって物語を書き進めればいいのか、私自身が把握しきれていなくても、1行目がそのあとを導いてくれる。文体も、作品が選んで生まれていく、と。
――『婦人公論』で連載が始まったばかりの「あなたの隣で」も、まるで違う文体ですよね。これも自然と、1行目から導かれたのでしょうか。

大島 実をいうと、1行目が降りてきたときは、『うまれたての星』と同じになるんじゃないかと危惧していたんです。〈自由になりたかった。〉というその一文のテイストが〈空の彼方にアポロがいる。〉と似ている気がしていたから。ずいぶんと長いこと『うまれたての星』を書き続けていたから、引っ張られてしまっているのかな、大丈夫かな、って。ただ、2行目以降を書き進めていくと、おっしゃるように、まるで違うものになった。「やっぱり、1行目のなかにすべてが含まれているんじゃないか」というのが、現時点での、私の結論ですね。
――「あなたの隣で」はおそらく戦中のドイツが舞台。ここでもまた、女性の生き方が描かれそうな予感で、わくわくしています。
大島 権力者の隣にいる女はいったい何を考えているのか知りたいな、と思ったのが発端なので、また全然違う書き方になっていくと思いますね。
――それは、ものすごくおもしろそう……!本作を書き終えてみて、ご自身の手ごたえとしてはいかがですか?
大島 手ごたえはよくわからないけど、楽しかったです。だって、自分が夢中になって読んだ少女マンガ誌の関係者にお会いして、子どもの頃聞きたかったことを全部聞けたんですよ。出会えてよかった、つくってくれてありがとう、というお礼も直接伝えることができた。こんなにも幸せな還暦はないですね。こんなに長くなるとは思わなかったけど(笑)、ここまで少女マンガ編集部にスポットを当てた作品はほかにないはずなので、それだけでも意味のあることができたんじゃないかなと思います。
取材・文=立花もも 撮影=中惠美子
