sumika片岡健太のエッセイ連載「あくびの合唱」/ 第16回『気の配送先』
公開日:2025/10/31
「格好いいですね」と言ってもらった際に「いやぁ、そんなそんな…」という感じで返すのをやめた。
相手が言ってくれたことの否定になるからだ。
褒めてもらえたら、シンプルに「ありがとうございます!嬉しいです!」と答えるのが気持ち良い。一回素直に受けた方が「〇〇さんも素敵ですね」と返しやすくなるので、その後もハッピーなラリーが期待できる。
人間関係を築く上で、気を配ることは大切だ。
しかし、無作為に気を配るだけで人間関係は好転しない。気の“配送先”が何より大切だ。
僕は何も考えずに気を配っていると、うっかり自分に配ってしまうことが多い。先の件でも、謙遜したら相手に気を配れたと勘違いしてしまうのだが、決してそんなことはない。
「調子に乗らない謙虚な人だと思われたい」「一旦否定したら、追加の褒め言葉を引き出せるかもしれない」など、気の配送先が自分に設定されている場合は、そんな下心が顔を出してしまう。
配れる気には上限がある。限られた気のほとんどを相手に渡せる人が、真に人付き合いが上手い人なのではないかと僕は思う。
自分の謙遜用に使っている気は、相手の良いところを見つけるのに使った方が、人との関係性が深まっていく感覚があるからだ。
他にも気配りに悩む場面はある。
車を運転していたときのこと。歩道に人がいて、横断歩道を渡ろうとしていた。
僕は横断歩道の手前で停車し、その人が横断するのを待った。
程なくして歩行者が足を怪我していることに気付いた。松葉杖を持った歩行者がジェスチャーで「お先にどうぞ」のポーズをしている。
ゆっくり渡ってもらって一向に構わない。僕は横断歩道に沿って両手でゆっくりと「どうぞどうぞ」のポーズを返した。すると、僕のジェスチャーを確認した歩行者は、少し慌てた様子で「カコン!カコン!」という音を立てて足早に道路を横断し始めた。
僕は意図せず、怪我人を急かしてしまうことになった。
一時停止するところまでは、交通ルール的に正解だ。しかし、その後の対応には考えさせられる点がある。交通違反をせずに、歩行者を急かさずに渡ってもらえる方法が、何かあったのではないかと思ってしまう。相手の状況やこちらの気の配り方ひとつで、余計な気を遣わせてしまうこともある。車を運転していると、似たようなケースに遭遇することが多い。車側が「どうぞどうぞ」すると、多くの歩行者は小走りになる。逆の立場で自分が歩行者の際も、ゆっくり歩くのが気まずく、つい走ってしまうことが多い。
会話における沈黙だってそうだ。
沈黙がない方がいいかなと思って、つい間を埋めるような話をしてしまう。相手は真剣に考えている最中だったかもしれないのに。
下手に手伝うくらいだったら、最初から手伝わない方がいいことだってある。レストランで食事をした後に、よかれと思って皿を一つにまとめたり、使用したナプキンを皿の中に入れてしまったことがある。飲食店でアルバイトをしてから、洗う皿が増えたり、余計なゴミ捨ての手間が増えたりすることを知った。
「気にしい」と言えばそれまでなのだが、どうせ気を遣ってしまうのならば、自分以外の誰かに向けられている方が格好いい。
気の“配送先”が自分に設定されていないか。
無意識でやっているひとつひとつを棚卸しして、配送先を今一度確かめたい。
―――――
突然ですが、今月の『あくびの合唱』を最後に連載は休止し、執筆作業に入ります。すなわち、新刊の準備です。悔いのないようにつくります。どうかお楽しみに。

編集=伊藤甲介(KADOKAWA)
<続きは本書でお楽しみください>神奈川県川崎市出身。sumikaのボーカル&ギターで、楽曲の作詞作曲を担当。キャッチーなメロディーと、人々に寄り添った歌詞が多くの共感を呼んでいる。これまで4枚のフルアルバムをはじめ、精力的に楽曲をリリース。ライブでは、人気フェスに数多く出演するほか、自身のツアーでは日本武道館、横浜アリーナ、大阪城ホールなどの公演を完売。2023年には、バンド史上最大規模の横浜スタジアムワンマン公演を成功に収めるなど、常に進化し続けるバンド。






 文芸・カルチャー
                文芸・カルチャー
               
     
     
     
    