主人公はあの“栗原さん” 地図が謎を呼ぶ「変な」シリーズ最新作【雨穴 インタビュー】
公開日:2025/11/13
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年12月号からの転載です。

無表情な白いマスクに黒い全身タイツ。不気味かつキュートないでたちで今や知らぬ者のない超人気クリエイター・雨穴さん。空前のブームを巻き起こした間取りミステリー『変な家』とその続編『変な家2』、奇妙な絵が思いもよらない真相を導き出す絵画ミステリー『変な絵』と、3冊の小説はすべてベストセラーに。各国語に翻訳され、海外でも高く評価されている。
そんな雨穴さんの新作『変な地図』がついに刊行された。主人公は既刊でさまざまな謎に挑んできた、推理小説好きの一級建築士“栗原さん”。「変な」シリーズで名探偵役を務めるキャラクターの知られざる過去が、奇妙な地図にまつわる事件とともに描かれる“地図ミステリー”長編だ。
「栗原というキャラクターはネット記事や動画、小説にこれまでも登場させてきたんですが、彼がなぜああいう人生を歩むことになったのかという背景については、これまで触れてきませんでした。それを一度しっかり書いておきたかったんです。栗原は、自分の内面を半分くらい投影させたキャラクターでもあります。口ではイエスと言っているのに、心の中ではノーと答えているような時って人にはありますよね。栗原はそんな表に出さないもう一人の自分。栗原を掘り下げることは、自分について書くということでもありました」
一枚の古地図に導かれる青年・栗原の冒険物語
2015年、都内の大学に通う栗原文宣は、大学4年生の夏を迎えた今も就職が決まらず、悶々とした日々を送っていた。そんなある日、離れて暮らす父から連絡が入る。空き家になっている栗原の亡き母の実家を、手放すつもりだというのだ。父とともにその家を訪ねた栗原は、学者だった祖母がその家で不可解な死を遂げていたことを知る。そして隠された空間から、一枚の古地図を見つけ出した。中央に7体の妖怪が描かれた、なんとも奇妙な地図だ……。
「栗原に父と妹がいるという設定は、すでに公開しています。それ以外の詳しいプロフィールについては、今回あらためて決定したという感じですね。生い立ちや家族構成、特に栗原が小さい頃に亡くなった母や、学者だった祖母は栗原の人生にも大きな影響を与えているので、物語との兼ね合いを考えながら設定していきました」
栗原が5歳のときにこの世を去った母は、死の直前までこの地図について調べていた。母を突き動かしていたのは何だったのか。栗原は就活中にもかかわらず、地図に描かれたR県の河蒼湖集落跡地に向かった。
「栗原には旅をさせようと思っていました。今回考えていたタイトルが『青年栗原の冒険』。さすがに大胆すぎるかと思って結局は現在のタイトルになりましたが、青年時代の栗原が東京から離れた土地で冒険する話です。それと書きたかったのは鉄道。これまで表に出す機会はなかったですが『電車でGO!』で育ったので、鉄道に絡んだミステリーも書いてみたいと思いました」
海沿いを走る電車に乗って、R県の集落跡地を目指していた栗原は、偶然知り合った女性警察官・帆石水あかりに誘われて、彼女の実家である旅館に宿泊することになった。その翌日、調査に向かった栗原はトンネルでの鉄道事故に遭遇。その不審な死亡事故の背後には、観光開発計画に絡んだトラブルがあるらしい。古地図をめぐる謎と、リアルタイムで進行する怪事件。その二つが絡み合って、謎に満ちた物語を作り上げていく。
「古地図を手がかりに、栗原が過去の事件を調べるというのが当初のアイデアでした。でもそれだけでは、物語が大人しくなる。もっと躍動的な、血の通った作品にするには、現在進行形でも事件を起こすべきと思ったんです。意識したのは劇場版 『名探偵コナン ベイカー街の亡霊』。ゲーム空間内で起こる過去の事件と、現在の事件が並行して進行するという構成で、印象に残っていたんです。過去をひも解く地図のミステリーと現在進行形のサスペンスを、複雑になりすぎず、読みやすく両立させるのは大変でした」
絶妙なホラーテイストが作品を彩るのはこれまでと同様。一方で従来の雨穴作品には見られない新しい魅力もある。栗原とあかりの姿を中心に描かれる、みずみずしい青春小説としての側面だ。
「『変な地図』を書くにあたって自分に課したテーマがあるんです。それは“異形が書く王道小説”ということ。これまでの作品を異形だとするなら、そのテイストのまま王道の小説を書いてみようと。そのためにはヒロインを立てて、主人公とバディを組むという展開にしたいと思いました。今までそういう物語を書いてこなかったので、どう書けばいいのか分からなくて、森沢明夫さんの創作術の本を読んで、キャラクターの作り方を一から学び直しました。ヒロインを魅力的に書くというのは初めての挑戦だったので、あかりのキャラクターができあがるまで苦労がありましたね」
栗原とあかりの関係性を軸にした物語は、魅力的なバディ小説であると同時に、淡いボーイミーツガールものともいえる。
やりたいことを詰め込んだ「変な」シリーズの新境地
『変な地図』にはいくつもの謎がある。一番の謎は妖怪の描かれた古地図は何を意味しているのかというものだ。それ以外にも、栗原の祖母はなぜ自殺したのか、集落で過去に何が起こったのか、などの謎が次々に浮かんでくる。掲載された地図やイラストを眺めながら、栗原とともに謎解きに挑戦できるのも「変な」シリーズの醍醐味。衝撃的な真相に、あなたは自力で到達できるだろうか。
「今回『変な家』以来、4年ぶりに長編小説に挑戦しました。デビュー作の『変な家』は自分にとってとても大切な作品ですが、書き手として未熟なときに四苦八苦しながら書いたものなので、内容的には反省と後悔がとても多いんです。ですので、そのリベンジとして2作目、3作目はしっかり筋の通った文芸作品に仕上げようと努力しました。今回の『変な地図』はリベンジマッチ最終決戦です。“閉鎖的な環境”や“因習”“手記”など『変な家』と共通するテーマもあえて取り込みました。『変な家』を読んで“いまいちだな”と思った方にこそ読んでほしいと思います」
雨穴さんといえば“モキュメンタリー”と呼ばれる、疑似ドキュメンタリー的な手法でも有名だ。『変な家』は令和のモキュメンタリーブームの代表作として知られるが、『変な地図』は実話的な手触りよりもむしろ、スケールの大きい、豊かなロマンが脈打っている。こうした作風の変化について、雨穴さんはユニークな比喩で語ってくれた。
「たとえば、本当はバンドで歌いたい歌手志望の青年がお金がないからひとまずギター1本で路上ライブをやっていたら、いつのまにか“君はフォークシンガーになりたいんだね!”と言われてしまった、というような。自分にとってモキュメンタリーは“ギター弾き語り”なんです。自分のイメージを伝えるために最も身近な表現方法。大切だけど、それによって自己を規定されると困るな……という。『変な絵』もそうなんですが『変な地図』はようやく自分のやりたいことをやりたい方法で作れました」
謎解き、恐怖、恋愛、冒険。雨穴さんが書きたいことをすべて詰め込んだ『変な地図』は、栗原という不器用な青年の成長物語でもある。読み終える頃には、栗原という人物のことがもっと好きになっているはずだ。
取材・文:朝宮運河 写真:川口宗道
うけつ●作家、ウェブライター、YouTuber。2018年よりウェブメディア「オモコロ」にて活動を開始。20年に公開した「【不動産ミステリー】変な家」が話題となる。同記事を書籍化した小説『変な家』で作家デビュー。ベストセラーとなり24年に映画化された。他の著書に『変な家2』『変な絵』。作品は翻訳され海外でも高い人気を誇っている。

『変な地図』
(雨穴/双葉社)1760円(税込)
都内の大学で建築を学ぶ栗原文宣は、就職活動がうまくいかず、悩める日々を送っていた。そんな折、空き家になっていた母方の実家で一枚の古地図を発見。7体の妖怪が描かれたその地図の謎解きに、栗原は熱中する。地図に描かれたR県にはどんな秘密が隠されているのか。古地図が導くめくるめくマップ・ミステリー。雨穴制作の「特大考察マップ」つき。ベストセラー「変な」シリーズの集大成作品となる最新刊!
