シリーズ第1巻が14カ国から翻訳オファー! 「夕闇通り商店街」シリーズ最新刊は「夢の中で“夢”が叶う」不思議なパン屋さん【書評】
PR 公開日:2025/11/6

誰にだって秘められた願望がある。何者かになることを夢見たり、「もし、あの時こうしていたら今頃どうなっていたんだろう」なんて、今とは違う道を想像したりすることもある。もし、私たちの夢を叶えてくれるパン屋さんがあったとしたらどうするか。あなたなら一体どんな夢を叶えてもらうだろうか。
1巻目『夕闇通り商店街 コハク妖菓子店』が14カ国から翻訳オファーがあったという「夕闇通り商店街」シリーズ。最新刊は、そんな不思議なパン屋さんが舞台だ。その本の名は『夕闇通り商店街 夢見パン工房』(栗栖ひよ子/ポプラ社)。シリーズのもともとのファンも未読の人も、読めばきっと心がほかほかと温められる。美味しいパンを食べた後のような満たされた気分に浸れる1冊だ。
ときは夕暮れ。神社の境内の先に、いつの間にかどこか懐かしい商店街「夕闇通り」が現れる。きれいな提灯が立ち並ぶそこは、現世と幽世の境目にあるらしい。そんな商店街に足を踏み入れてみると、どこからともなく香ばしい香りが漂ってきて、見ればかわいらしいパン屋さんがある。お店に入れば、美味しそうなパンがずらり。すると、「いらっしゃいませ」と、ツートンカラーの髪をした男の子に声をかけられる。この男の子はこの店の店主・麦。なんでもこのパン屋さんでは、お店のパンを食べると、夢の中で自分の願いを叶えることができるという。
ふわふわの食パンが真っ白な生クリームと真っ赤なイチゴを包み込むフルーツサンド。さくさくのクッキー生地がふんだんに使われたふんわりメロンパン。卵液がじんわりと染み込んだフレンチトースト……。あらゆるパンが登場し、ページをめくるだけで何だかおなかがすいてくる。そして、それらのパンが並ぶお店には毎日さまざまな客が迷い込んでは、それぞれの願いを叶えていく。素敵な彼氏がほしいと願う女子高生。小説家になることを夢見る男性。違う職業に就いたらどうなっていたのだろうと想像する農家のおじいさん。自分は家族にあまり必要とされていないのではと感じている専業主婦——だけれども、彼らの見る夢はちょっぴりビター。お店のパンを食べると、夢の中で確かに願いごとは叶う。ただ夢が叶っても、それだけでは幸せになれない。ときに彼らを困難が襲うことだってあるのだ。
本書を読んで感じるのは、人間とはつくづく面白い生き物だということ。パンによって夢の中で願いを叶えた人々は、夢での経験をもとにそれぞれがある決断を下す。わざと失敗を繰り返す道を選んだり、苦難の道を歩んだり、自らの能力をあえて使わない道に突き進んだり。それらの決断はパン屋の店主からすれば、理解できないものばかりだ。だけれども、彼らの姿に私たちは思わず頬がゆるむ。やりたいことをやる。誰かのために行動する。そのための決意は理屈では決して割り切れない。大切なものをとことん大切にしようとする彼らの姿に私たちの心は満たされていく。
「生きることに、正解なんてないんだ。つらいことがまったくない人生が一番幸せなわけじゃない。パンが、揉まれなかったらおいしくなれないのと同じ。だから……、固いパンもやわらかいパンも、甘いパンもしょっぱいパンも、全部おいしいんだ」
いろんな人の人生を味わううちに、胸の奥がじんわりと温まっていく。焦げそうな日も、膨らまない夜も、きっと全部がその人の味になる。どんな道を選んだとしても、それは間違いではないのかもしれない。そんな人生の旨みを焼き立ての香りとともに届けてくれる本書。物語を味わったあと、読者の心にもやさしい香りが立ちのぼるはずだ。
文=アサトーミナミ
