千里眼の少女と謎めいた御曹司が、帝都の怪奇事件に挑む! 「龍に恋う」シリーズの作者が贈る和風ロマンファンタジー【書評】
PR 更新日:2025/11/10

モボ(モダンボーイ)やモガ(モダンガール)が闊歩する、大震災後の東京・銀座。そこのとあるカフェーの女給・叶恵は、人の「過去」を観ることができる能力を秘めている。いわゆる千里眼である。そんな自らの異能を隠し、粛々と働く彼女の前に眉目秀麗かつ謎めいた御曹司・玲司が現れる。そして叶恵に「狐憑き」が絡んだ事件の調査を依頼する……。
「龍に恋う」シリーズ(富士見L文庫)で人気の道草家守さん。退廃と優雅さが同居する大正モダンな世界観と、繊細な人物描写、そして切ないラブラインが多くの読者から支持されている。最新作『ひねくれ給仕は愛を観ない』(ポプラ社)は作者の持ち味が存分に詰まった和風浪漫ファンタジーだ。
主人公がどうしても笑うことができない理由とは
主人公の叶恵は、カフェー「メイデン」で最も客受けが悪い女給。それはなぜかというと、女給に求められる愛嬌がまるでないから。この時代、女給は女性にとって数少ない“稼げる”職業のひとつだ。学はなくとも容姿と機転、そして笑顔があれば十分食べていけたことは、女給文学の先駆者・林芙美子も『放浪記』で書いている。
だけど叶恵はどうしても笑うことができない。
というのも、千里眼という尋常ならざる異能を持つ彼女は、そのために壮絶な目に遭ってきた。見世物小屋で働かされ、千里眼に目をつけた者に利用され――まだ19歳の若さなのに、この世の地獄を見てきた。だから彼女は笑えない。人の心の奥を覗くことの「痛み」と「おぞましさ」を知り抜いてしまったから。
そんな叶恵の心のなかに、玲司はするりと入り込んでくる。
鋭い観察眼と頭脳を持ちつつ、どこか飄々として気前よくチップをはずんでくれる玲司に、少しずつ叶恵は心を許しはじめる。それはまだ恋と呼ぶには淡く、幼いけれど。
叶恵の千里眼に気づいているのかいないのか、玲司はさまざまな怪事件に彼女を巻き込む。良家の令嬢が狐に憑かれた事件を皮切りに、持ち主の命を奪う呪われた酒器、男に裏切られた女給の幽霊等々。昭和初期という時代設定を活かした怪奇の数々に、読んでいて、わくわくさせられる。それでいて謎解き部分は正統派ミステリーだ。
「異能」を持つ少女と闇を抱える御曹司の、成長と恋のゆくえは
折にふれて叶恵は心の脆さや不確かさ、そして恐ろしさに思いを巡らせる。令嬢が狐に憑かれたのも、酒器が主を呪い殺すのも、女給の幽霊が現れるのも、叶恵(と作者)はすべてを「怪異」の所為とはしていない。怪異は――おそらくは彼女自身の異能も――人間の心の闇を映しだす鏡として捉えており、そのために叶恵は苦しんでいる。誰をも寄せつけまいと無表情という名の鎧で武装しつつも、きっと自分を助けてくれる誰かを求めている。
そんな彼女を“見つけた”玲司もまた、叶恵に負けずとも劣らぬほどの闇を抱え込んでいるのだが、その闇が何なのかは、ぜひこの文章を読んでいる皆さま、ご自身の目で確かめてみてください。きっと驚くことでしょう。
本作は“異能を持つ少女の成長譚”であり、“愛を信じられない者同士の不器用な恋物語”であり、加えて“昭和初期という時代の陰影を描く幻想劇”でもある。いくつものジャンルを軽やかに横断した末に、「人を知ることで知る痛みと幸福」へと至っているのが微笑ましい。
叶恵は、ほんとうの意味で玲司を観たことで、自分自身を見つめるきっかけをも掴んだ。それこそが、愛の萌芽ではないだろうか。
文=皆川ちか
