【湊かなえ×櫻井孝宏×早見沙織インタビュー】著者初のAudibleオーディオファースト小説『暁星』発表!豪華タッグによる制作の舞台裏を聞いた
公開日:2025/11/14
「他人事として遠ざけることのできない読み心地にしたかった」
――その想いを、宗教に絡めて描いたのはなぜだったのでしょう。
湊:宗教に人生を奪われた人たちについて、一度、きちんと書いてみたかったんです。特別な思想を持つ人が、特殊な環境に置かれた結果、信仰にのめりこんでしまうのではなく、誰しも人生をふりかえってみれば、その道に向かっていたかもしれない分岐点があるのではないか。救済を求めたり、心のよりどころを欲したりする気持ちが強くふくれあがったとき、ふいに差し伸べられた手をとってしまったがためにそれてしまった彼らの道は、今、私たちが歩いている道とも絶えず交差しているのではないか、と思ったんです。
暁の起こした事件に触れて、多くの人が日本中を震撼させたあの事件を想起するでしょうが、それは、センセーショナルに扱いたかったからではなく、誰もが知っている事件を入り口に物語に踏み込むことで、他人事として遠ざけることのできない読み心地にしたかったからなんです。

櫻井:それがまさに、僕が「読む前の自分とは決定的に変わってしまった」ということの理由で……。読んでいると、自分自身にあてはまる感情や、通じる経験が、たくさんちりばめられているんですよね。暁のような人もいるよね、ではなくて、一歩間違えれば僕だって暁だった、そういう人生だってありえたのかもしれない、と思わされる凄みがありました。ページをめくるごとに、自分自身もめくられていくというのでしょうか。違和感があっても、間違えるのが怖くて見ないふりをしたり、感情に蓋をしてなんでもないような顔をしたりする、そんな自分のことも突きつけられると同時に、どこか救われた気持ちにもなったんです。
早見:どんなに公正に物事を見つめようとしても、どうしても主観が入りますし、自分の信じたいものを真実として受けてしまうところがありますよね。人はその積み重ねで、自分の価値観や感性を育てていきますが、過程でとりこぼしてしまったものが、この小説にはちりばめられています。この感情を私は知っている、この文章にこめられた想いは私も持っていたものだ、とふるえる瞬間が何度もありました。世の中で真実とされていることではなく、自分のなかにある、真実として大切にしたかったものに触れることができた。その体験が、櫻井さんのおっしゃる救いにつながったのではないでしょうか。
櫻井:その感覚を、どんなふうにパフォーマンスとしてつなげていけばいいのかが、僕たちにとっての挑戦でしたね。でも、あれこれ考えるよりも裸でぶつかっていったほうが、生の感情がその場で生まれるはずだと、シンプルな気持ちで臨みました。どうしたって、自分を疑う癖がしみついているから、どうしたって「これで本当に良かったのか?」と思ってしまうけど、一回目には、一回目にしか表現できないものがあって、つたなくてもそれが正解だったりもしますし。
早見:まさに、〈この物語はフィクションである。〉の一文は、読み始めと読み終えたときとでは印象がまるで変わるので、どうするべきか悩みました。最後まで収録を終え、もう一度頭にもどってその一文だけ録りなおし、どちらを採用するか決めさせてもらえませんかと、現場でご相談をしました。ですが審議を重ねた結果、一回目が採用されました。最初の、そのときにしか生まれない何かがそこにあったから、と。

