自分の“怖さ”の原風景を込めた搾取する者と搾取しない友情の物語【町田そのこ インタビュー】

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2025/12/4

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年12月号からの転載です。

「これまでの私はジャンルを意識して書いてこなかった」という町田さんが、1年で4作もの新作をリリースすることになった2025年は、自身の書く物語の可動域が広がった年だったという。

「ジャンルというものを初めて意識しました。『月とアマリリス』はサスペンスという枠組みのなかで書いた一作ですし、年末には、巫女姫や騎士が登場してくるファンタジー作品を刊行します。領域を意識することで新たに書けるものが見つかるのではないか、これまで書いてこなかった題材やテーマのなかに、自分がもっと熱中して書くことのできるものがあるのではないか、という思いがそこにはありました」

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 そんな町田さんのもとにやって来たのは、ホラー作品の執筆依頼。それは伊坂幸太郎さんの呼びかけで始まった競作によって物語を繋げる《螺旋プロジェクト》第2弾への参加依頼だった。基軸となったのは伊坂さんの短編『楽園の楽園』。

「これまでの自分がやらなかったことをしたい、と思いました。そこで、ホラーというジャンルにチャレンジしてみよう、と。伊坂さんから“何をしてもいいですよ”というお言葉をいただき、自分にとっての怖さとは? というところから構想をスタートさせていきました」

“スピババアがいなくなった”というひと言から物語は始まる。それを発するのは、九州の片隅にある南半里町で生まれ育った高校2年生の凛音。祖父の祥月命日に好物のまめもちを供えようと思っていたのに、和菓子店には閉店を告げる貼り紙。長年まめもちを作り続けていた店主は、スピリチュアルなことばかり言うババアだからスピババア。そんな凛音の軽快な語りに引き込まれていく。

「『わたしの知る花』で女子高生を書いたとき、すごく楽しくて、自分が高校生のときに抱いていた感覚が遠ざかってしまう前に、もっと女子高生の視点で進む物語を書いてみたいと思っていたんです。ホラーという枠に何を組み合わせようかと考えたとき、女子高生の青春もの、というワードが浮かんできました」

“お前ってほんと、雨に濡れた子犬拾う系ヤンキーのテンプレだな”と先輩に言われる凛音は言葉も態度もぶっきらぼう。そして今、深刻な悩みを抱えている。夏休みに入る前、親友の美央と大喧嘩してしまったのだ。そんな凛音の視界に入ってくるのは、町の真ん中に位置する姫塚山から顔を出す白い建物。この春、建設された新興宗教NI求会の本部施設だ。“ゲームのバグのよう”。彼女がそんな感覚を抱いた日から、のどかな町が変貌していく。夏休み明け、NI求会の信者である両親とともに美央もその施設に入ってしまったことを知る凛音。美央以外にも4人の生徒が施設に入り、高校は騒然。そして奇怪な事件が起こっていく。

3人の女子高生の関係性は叶わなかったことの追体験

「“怖い”の記憶を辿ると、子どもの頃に読んでいたホラーマンガに突き当たるんです。昔のホラーマンガは、今より人体に影響する怖さが多かった気がする。自分の怖さの原風景でもあるそうした描写を思いきり書いてみたいと思いました」

 若者の間で次々と起こる不審死。遺体はすべて両目を抉り出されていた。そしてこの地で長年暮らしてきた人々の間で、《姫塚山のせい》《リツ姫が山から下りてきた》という言葉が囁かれ始める。

「土地に根付く歴史、その地に祀られる神様の存在という土俗的な要素も入れてみたかったもの。けれどストーリーの原動力となったのは、自分たちを取り囲む得体のしれないものにも立ち向かっていく女の子たちの友情でした。私は昔から“友達”という関係を築くことがうまくできなくて、友達のためにがむしゃらになった経験がないんです。そうしている周りの子たちを見て、すごく羨ましかったし、自分もそういう人間でありたかった。そんな後悔と憧れ、私のなかでの追体験が3人の女の子たちを作り出していきました」

 美央に会うため、NI求会の施設に乗り込む凛音。門前払いをされた彼女が“ビビ”という不思議な青年に出会った頃、初花という少女が“特別”になるため、東京からこの施設に来ていた。“疵ひとつない人生を送っていた”と、初花が語り出す章では、宗教施設の生活や『楽園の楽園』を経典とした教義、会を司る大人たち、そして禍々しい儀式が、才気煥発な彼女の目を通して描かれる。

「宗教を題材にするなかで書きたかったのは信じることの危うさや脆さ、そこに搾取が生まれること。架空の宗教団体のなかでは、信心を持つ大人たちが搾取されるばかりではなく、その大人に付随する子どもたちも搾取をされるという構図を描きたかった。その一方で搾取のない関係性も。私はこれまで、どちらかが差し出すばかりで、相手はそれを搾取するだけ、という関係を多く書いてきたのですが、今作では凛音も、美央も、初花も、相手に自分の何かを差し出そうとする、そして相手から何かを受け取ったらそれ以上のものを返そうとする。搾取しない友情、その関係性を書きたいと思いました」

 施設内で出会った美央から、凛音という大切な友達と喧嘩別れしたままだという話を聞き、美央と心を通わせる初花。だがその夜、初花を助けた美央は、儀式のある役に選ばれ……。美央を助けるため、初花は施設を抜け、凛音のもとへと走っていく。儀式が行われるのは5日後――。

この土地にいるから書ける心境の変化が生み出したもの

「物語を濃縮させるためにタイムリミットを作りました。その時間のなかで彼女たちに何ができるか。何でもスマホで調べてしまう今、向き合ってもらおうと思ったのは、語り継がれ、人々が守り通してきた“情報”。土地の人々を訪ね歩き、その話に耳を傾けたり、誰かが大切に残していた古い本を読んだり、地元に伝わるまめもちを作ったり。そこから掬いとっていく情報はネットで掴めるそれとはまったく違う。そうした情報は人から人へと繋げていくしかないんだなと書きながら感じていました」

『めぇ、くださりませ』と現れる、南半里町に残る“リツ姫”の伝説と、その祠がある地を聖地としたNI求会の関連性を解くため、凛音と初花は、古い文献を一冊、一冊あたっていく。そこに記されているリツ姫の像は、文献ごとに次々と姿を変え、そして遠い昔、今の自分たちと同い年くらいの彼女の身の上に起きた悲劇の源を掴んだとき、凛音と初花はあることを“決行”する。

「祀られているものや誰かが大事にしているものを踏みにじったときは自分にも返ってくる、というように、古い伝承は大切なことを伝えてくれる。それを守ってくれるもののひとつが土地。血縁に縛られなくていいとか、自分の生きやすい場所で生きたらいいとか、これまで私は今ある場所から離れたところに幸せがあるんじゃないかという話を書いてきたと思うんです。けれどひとつの土地に留まって生きることで、安心感が生まれたり、引き継いでいくことに自分の生きる意味を見出すこともできるのではないかと。私自身、若い頃は生まれ育った土地からずっと離れたいと思っていたけれど、今は地元に住むことに意味を感じているし、ここにいるからこそ書き続けることができるとも思っているんです。そうした心境の変化も、この物語が生まれたところにあった気がします」

 映像が浮かぶというより、立ち昇ってくる匂いや触感など、体に響いてくるような描写が物語を貫く。その描写が凄まじい圧で押し寄せるクライマックスで、心に落ちてくるものは、町田そのこならではのホラーを象徴している。怖いけれど優しくて、力強くて、そしてかわいい。

取材・文:河村道子 写真:干川 修

まちだ・そのこ●1980年、福岡県生まれ。「カメルーンの青い魚」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。2017年、同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー。『52ヘルツのクジラたち』で21年本屋大賞を受賞。著書に『わたしの知る花』『月とアマリリス』『蛍たちの祈り』「コンビニ兄弟」シリーズなど多数。

彼女たちは楽園で遊ぶ
(町田そのこ/中央公論新社)2090円(税込)

喧嘩別れした親友・美央が高校を退学した。町の中央にある山に施設を作った新興宗教・NI求会に突然、入会したのだ。美央を取り戻そうとする凛音だったが、時同じく、のどかな町に奇怪な事件が起こり始める。その頃、東京から《特別》になるために来た初花──。大人が《楽園》と定めた場所に閉じ込められた子どもたちは、その聖地で禍々しいものと対峙する。女子高生たちの、青春×ホラー!

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