「最もフィジカルで最もプリミティブで、そして最もフェティッシュ」名台詞を解剖する1冊ほか、本読みの達人たちが教える選りすぐりの新刊本

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2025/11/25

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年12月号からの転載です。

本読みの達人、ダ・ヴィンチBOOK Watchersがあらゆるジャンルの新刊本から選りすぐりの8冊をご紹介。あなたの気になる一冊はどれですか。

イラスト=千野エー

[読得指数]★★★★★
この本を読んで味わえる気分、およびオトクなポイント。

本間 悠
ほんま・はるか●1979年生まれ、佐賀市在住。書店店長。明林堂書店南佐賀店やうなぎBOOKSで勤務し、現在は佐賀之書店の店長を務める。バラエティ書店員として書評執筆やラジオパーソナリティなどマルチに活躍の幅を広げている。

『探偵小石は恋しない』
『探偵小石は恋しない』(森バジル/小学館)1870円(税込)

口外厳禁! 作者に翻弄されっぱなしの驚愕ミステリ

小石探偵事務所を営むミステリオタクの小石は、小説の名探偵のように、難解な事件の謎を解決することに憧れている。しかし彼女の元に舞い込むのはほとんどが浮気や不倫の調査依頼。というのも、彼女がとある特殊能力を持っているからで……「絶対に事前情報なしでお読みください!」帯にそんな注意書きがされている本を紹介することの難しさよ。
面白いミステリを読みたいなら、どこかでうっかりネタバレを踏む前に一刻も早く読みはじめてほしい。途中、ビックリし過ぎて宇宙猫になってしまう瞬間があるかも知れないが、そのファーストインパクトは、あくまでファーストに過ぎないとお約束しよう。森バジル氏の小説の醍醐味である(と私が思っている)、“作者のてのひらの上で踊らされる気持ちの良さ”を存分に味わってほしい。キーワードは偏見と思い込み……あぁだからこれ以上は言えないんだってば!
文芸/小説

二周目がさらに面白い!度
★★★★★

『マッドのイカれた青春』
『マッドのイカれた青春』(実石沙枝子/祥伝社)1980円(税込)

最強JKマッドが令和のルッキズムをぶっ飛ばす!

最高な青春小説を読んでしまった。
本書は、整い過ぎた外見を持つ女子高生・槙島朱里ダイアナ(通称マッド)を、彼女を取り巻く周囲の学生たちの視点で描く連作短編集。どの章も愛おしいが、とにかく第1章を読めばマッド×季子の虜になるだろう。
マッドは整い過ぎた見た目から、季子は“ブスだから”、真逆ではあるが、それぞれに外見由来のいじめに遭い、辛い中学時代を経験した二人。「友達なんて、一人もいらない」。あえて変人キャラを演じて他人を寄せ付けないようにしていた季子は、絶世の美少女マッドと邂逅する。自身のコンプレックスの象徴ともいえる存在と向き合い、最初は全力で警戒する季子だが、徐々にマッドとの仲を深めてゆく。
人はなぜ、こんなにも外見にとらわれてしまうのか。「こんな顔、もううんざりなんだよ‼」美しすぎて困った経験はなくとも、きっとマッドの叫びに心が突き動かされるはずだ。
文芸/小説

推しキャラが絶対見つかる度
★★★★★

村井理子
むらい・りこ●1970年生まれ、静岡県出身。翻訳家、エッセイスト。著書に『村井さんちの生活』『兄の終い』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』など。訳書としては『ゼロからトースターを作ってみた結果』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』ほか。

『ルポ失踪 逃げた人間はどのような人生を送っているのか?』
『ルポ失踪 逃げた人間はどのような人生を送っているのか?』(松本祐貴/星海社新書)1485円(税込)

人生、本当にいろいろ

非常に気になるタイトルと装幀で、思わず手に取った一冊。警察庁の発表によると、2023年の行方不明者は9万144人。半分近くが行方不明届を出された当日に発見されるそうだが、予想よりも多く、驚いた。そのうち三割が認知症患者、あるいはその疑いのある高齢者ということで、義父母の介護歴数年の私としては、ドキリとする数字だった。失踪者とその後の人生のルポだが、時折、失踪者自身による記憶に強く残る発言が記されていて、意図したのか、それともしていないのかはわからないが、本書のアクセントとなりつつ、失踪者の数奇な運命を映している。本当に様々な人生の紆余曲折があり、悲しみ、苦労の末に失踪があるのだとしみじみ考えさせられた。失踪者の心情もさることながら、失踪により家族と会えなくなってしまった人の気持ちを想像すると胸が痛む。それにしてもなぜこんなにも「失踪した人」に興味を抱いてしまうのか。不思議だ。
文芸/ノンフィクション

失踪マニュアル度
★★★★★

『死ぬのが怖くてたまらない。だから、その正体が知りたかった。』
『死ぬのが怖くてたまらない。だから、その正体が知りたかった。』(浦出美緒/SB新書)1045円(税込)

その気持ち、わかる!

気になるタイトルと装幀、二冊目。日本タナトフォビア(死恐怖症)協会を設立したという著者は、死ぬのが怖くてたまらない。「無になることへの根源的な恐怖」を抱いていると書く著者のその気持ち、すごくわかる。「死」という漠然とした何かの実像を捉えるべく、著者は5人の大家との対談を行う。医師、宗教社会学者、神経科学者、哲学者、そして作家。想像以上に深い死に対する問いが繰り返され、死への恐怖を抱いている自覚のある私は夢中になって読んだ。読みながら、頑なな恐怖心が徐々に解放されていくのを感じ、涙が出てきた。著者は果敢に質問を繰り返す。それを正面から受けとめ、言葉を繋ぐ専門家の気概に勇気が出る。著者は「読み終わる頃には、死の見方が変化するはずだ」と書いている。確かに、私の死の見方にも変化はあった。死を恐れることは自然なことだと納得できた。それでも怖くて眠れない夜は、本書を開くだろう。
対談/死生論

死への見方が変わる度
★★★★★

上田航平
うえだ・こうへい●1984年生まれ、神奈川県出身。コント作家兼芸人。お笑いコンビ「ゾフィー」として2017年、19年と「キングオブコント」ファイナリストも経験。23年からは単独で活躍中。著作として『書きしごと。』内に掲載の短編小説がある。

『「偶然」はどのようにあなたをつくるのか すべてが影響し合う複雑なこの世界を生きることの意味』
『「偶然」はどのようにあなたをつくるのか すべてが影響し合う複雑なこの世界を生きることの意味』(ブライアン・クラース:著 柴田裕之:訳/東洋経済新報社)2640円(税込)

世界は“たまたま”でできている

その日、友人から「偶然」もらったネクタイが、着ていたシャツに「偶然」まったく似合わなかったため、シャツを着替えに戻ったところ、とあるビルで行われる予定だった会議への到着が遅れた。2001年9月11日。そのビルに旅客機が激突した。偶然、彼は救われた。この世界は、そんな“たまたま”の積み重ねでできている。その行動がひとつ違えば、人生はまったく違う方向へ転がっていく。私たちはそれを努力や分析、あるいは運気でコントロールできると思い込む。どんな偶然にも理由を見つけ、因果を持ち込みたがる。まるで童話のように。実のところ世界は複雑で我々は何も制御できない。ただ同時に、どんなことにも必ず影響を与えている。あなたが今この文章を読んでいることも偶然だ。だがその偶然は必ず大きな変化を起こしている。取るに足らない偶然がぐるぐると回って誰かのハッピーに繋がっていたら、それはきっと、最高の偶然だ。
自然哲学/偶然論

点と点は全て線で結ばれる度
★★★★★

『記憶するチューリップ、譲りあうヒマワリ 植物行動学』
『記憶するチューリップ、譲りあうヒマワリ 植物行動学』(ゾーイ・シュランガー:著 岩崎晋也:訳/早川書房)3410円(税込)

植物の常識が根からひっくり返る

地球はかつて、二酸化炭素と水素の霧に包まれた荒れた土地だった。しかし、海から陸に上がった植物が“二酸化炭素から酸素を生み出す”という超革命的な能力を発揮したことで、動物が暮らせる世界が生まれた。よくよく考えてみると、全ては植物のおかげなのだ。著者は、そんな植物に心を奪われすぎて、腕にシダ植物のタトゥーまで入れてしまった人物。彼女は“植物に知性はあるのか?”という問いを追いかけて、世界中の研究者のもとを飛び回る。そこで見えてきたのは、知られざる人間っぽい植物の姿だ。仲間を日陰にしないように茎を曲げたり、地下では根っこ同士が栄養を譲りあうこともある。さらには傷ついた木が森全体に危険信号を送り防御物質を出すよう促したり、それに慌てる木も冷静な木もいる。思っているよりも個性的で騒々しい。近所の公園で見かけるあの大きくて寂しそうな木が、何だかおしゃべりに見えてくる。
科学/植物行動学

植物への態度が変わる度
★★★★★

渡辺祐真
わたなべ・すけざね●1992年生まれ、東京都出身。2021年から文筆家、書評家、書評系YouTuberとして活動。ラジオなどの各種メディア出演、トークイベント、書店でのブックフェアなども手掛ける。著書に『物語のカギ』がある。

『メディアが人間である 21世紀のテクノロジーと実存』
『メディアが人間である 21世紀のテクノロジーと実存』(福嶋亮大/blueprint)3300円(税込)

現代の機械は人間に擬態する

本書をまとめると、本来であれば非人間的な存在であるはずの機械が、まるで同類のように人間に溶け込むようになった、となる。19世紀に歴史の表舞台に現れた機械は、20世紀を通してその枝葉を茂らせた。映画や飛行機などに代表されるように、視覚や移動という人間の持つ能力を拡張する非人間的な異物として、一定の距離を保っていた。ところが21世紀の機械は人間らしくなった。正確に言えば、人間の欲望や本能に密着しているため、存在を感じさせなくなった。スマホに搭載されたアプリは、以前なら用途ごとに別々の機械で、使い方や物体を意識せざるを得なかった。ところがスマホはタッチで済む。しかも、ショート動画の短さ、生成AIの寄り添い方は、機械に対する認識を希薄にさせる。
本書は透明になった機械への認識を、我々自身への認識を通して新たにする。我々と機械は鏡のように互いの姿や欲望を映し合うからだ。
テクノロジー/メディア

スマホが立体的に見える度
★★★★★

『パンチラインの言語学』
『パンチラインの言語学』(川添愛/朝日新聞出版)1760円(税込)

あの名台詞(パンチライン)を言語学が解剖する

「最もフィジカルで最もプリミティブで、そして最もフェティッシュ」。ドラマ『地面師たち』の名台詞だ。一時期は皆が真似をしていた。何が人々を惹きつけるのだろうか。本書ではそのポイントを大きく2つ挙げる。まず3つの単語の全てがフとプという唇を合わせる音になっている。これは両唇音という赤ちゃんが初期に習得する音であり、この音自体が「最もフィジカルで(以下略)」なのだ。更にこのセリフは「いかせていただきます」と続くが、これは一方的な宣言で、通常では嫌う人も多いが、それをあえて使うことで慇懃無礼さを醸しているという。
こうした具合に、本書では漫画やドラマの名台詞を、言語学者が解剖する。主に言語学の観点から緻密な分析がなされるが、それが徹底されすぎることによって、新しい笑いが生まれる。例えば『北斗の拳』の「汚物は消毒だ〜‼」という台詞はなぜ印象に残るのか。その分析はぜひ読んでいただきたい。
論考/言語学

「ね」に意識を向ける度
★★★★★

<第8回に続く>

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