芦田愛菜×岡田将生「明日を生きることの希望を感じてもらえたら」【映画『果てしなきスカーレット』 キャスト対談】
公開日:2025/11/20
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年12月号からの転載です。

死してなお暴力と簒奪が横行する《死者の国》で出会ったスカーレットと聖。時代も時空もこえてめぐりあった二人の旅がもたらすものとは……? 声優を担当した芦田愛菜さんと岡田将生さんにお話を伺いました。
──父を殺して王位を奪った叔父への復讐に失敗し、《死者の国》で目を覚ました王女スカーレットと、死んだ自覚もないまま《死者の国》をさまよううち、彼女と出会った現代の看護師・聖。お二人はそれぞれの役をどのように演じたのでしょう。
芦田 私が演じたスカーレットは自分と同世代の19歳の女の子ですが、中世の異国を王女として生きる彼女の根底に流れるものは、現代の私たちとまるで違うはず。最初にそう細田監督からお話があったので、まずは彼女と似た時代を生きた女性たちを学ぶところから始めました。
岡田 生きる時代によって、現実に対する向き合い方は全然違いますよね。僕は、舞台でハムレットを演じた経験があったので、スカーレットの感情の流れもなんとなく読みやすくはあったんですけど、なかなか演じるのが難しい役だろうなと思っていました。
芦田 課せられた責務や求められるふるまい、何よりスカーレット自身が「こうあらねばならぬ」とさだめている覚悟によるものなのか、現代の30~40代くらいの貫禄があるんですよ。ケイト・ブランシェット主演の映画『エリザベス』や、もともと好きで読んでいたジャンヌ・ダルクの伝記などを参考に、その強さを学ぼうと思っていたのですが、時折垣間見える心の揺れのほうに惹かれていって。確かに私たちとはとりまく環境も価値観も違う、だけど人として通じるところのある弱い部分も表現できたらいいなと思うようになりました。

岡田 その想いを隣で演じながら感じて、グッときていました。この世でもあの世でもない《死者の国》にたどりついてなお、叔父への復讐を果たそうとするスカーレットの叫びは、場面に応じていろんな色を見せるんだけど、誰かに怒りや憎しみを向けるときより、内に秘めていたものをほとばしらせた瞬間のほうが、胸を衝かれました。聖として、抱きしめてあげたいと心から思うほどに。
芦田 その想いが、岡田さんの声からも滲み出ていました。岡田さんの声はとても素直で、まっすぐ心に響くんです。もともと、物腰が柔らかく、いつもまわりに気を配ってくださる聖のような方だから、配役を聞いたときもぴったりだなと思っていたけど、重傷を負ったスカーレットを聖が助けてくれるシーンで、心の底から心配してくれているのが伝わってきたときには、私も胸を打たれました。そういう聖と一緒だから、スカーレットは強くなっていったんだなと納得もしましたし。
岡田 僕のことはさておき(笑)、聖は、相手が誰であろうと心と体の痛みに目を向け、案じることができる人ですから。自分を傷つけようとしてきた相手すら救おうとする理想主義者なところはありますが、現代の看護師として、常に患者に寄り添うことを職務としてきた彼だから、スカーレットのように深く傷ついた人の隣にいることができるのだろうと思います。その強さは、僕がかつてハムレットとして生きていたとき、求めていたものでもありました。これまで何度か看護師役を演じ、現職の方にもお話をうかがった経験を活かしつつ、スカーレットにとって鞘のような存在になれたらいいなと思いながら演じていました。

芦田 スカーレットは木材のように堅いけれど、衝撃に弱くて、ぽきっと折れてしまいそうな脆さがある。その弱さをひた隠しにして、虚勢を張ることでどうにか前に進めている人だから、しなやかに衝撃をかわす聖の柔軟性に戸惑ってしまうんですよね。どんなに冷たくしても、手当てしないとだめだと追いかけてくる彼を前にしたら、自分の傷に気づかないふりができなくなる。一度でも彼が隣にいることを受け入れてしまったら、二度と強い自分をとりつくろえなくなるとわかっているから、なかなか心を開けなかったんだと思います。聖に対してどう意地を張るか、どの瞬間に甘えを見せるか、心情の微妙なニュアンスは、一人ではきっと表現しきれなかったので、二人でアフレコできてよかったです。
役の感情に耳を傾け 生まれる声に従って演じる
芦田 声優のお仕事が難しいのは、役と同じ時間を生きられないことなんですよね。映像作品では、主人公と同じように日々を過ごして、少しずつ気持ちをつくっていくことができるけど、アニメの場合は、何カ月、何年という時間が、数日間の収録に凝縮されてしまう。なかなか自然に気持ちをもっていくことができないので、私もいつも、戸惑います。
岡田 そしてやっぱり、声だけで表現しなくてはいけないというのは、ハードルが高いですよね。ふだん、いかに自分たちが身体の動きや表情に頼っていたのかを思い知らされました。
芦田 お芝居に限らず、人と対話するときも、表情と声のトーンにギャップがあったり、全身の動きに抑揚がついていることで言外に伝わっているものが大きいんですよね。そのすべてを、声に詰め込まなくてはいけない。
岡田 そうなんです。よりいっそう、自分自身が見抜かれてしまうような気持ちになって、収録が終わるたび、監督はどう思っているのだろうかと不安になりました。とくに監督は、役の心にフォーカスした演出をされるので。
芦田 声をデフォルメしすぎないでほしい、とよくおっしゃいますよね。実際に生きている人物のように演じてほしい、というだけでなく、おそらく、役の気持ちを誇張しすぎないでほしいのだろうなと感じました。スカーレットが今なにを想っているのか、そのまま、まっすぐ、観ている人に届くように演じてほしいのだと。だから私も「どういう声を出したらいいか」ではなく「こういう気持ちのときに自分からはどんな声が出てくるのか」というアプローチで臨むことができて、ものすごく勉強になりました。
岡田 僕もよく「聖は今、どう思っているんでしょうね?」と聞かれたな。監督のなかにある答えをただ僕に教えようとするのではなく、一緒に考えながら「じゃあ次はこういうふうにやってみましょうか」とゆだねてくれる。そうして僕の内面から生まれた新しい声を、また「じゃあ、そこにもし怒りという感情が加わったらどうなるでしょうか」と導いてくれる。いろんな角度から聖の輪郭を浮かびあがらせることで、ゆるぎない彼の芯を見出すことができた。その試行錯誤を、スカーレットとともに旅する過程と重ねたことで、意図せず強まっていった彼女に対する想いもあって……。少しずつ役も感情も育っていく、こういうすすめかたのお芝居は初めてだったので新鮮でしたし、一緒に遊んでいるみたいで楽しかった。
芦田 演出指導というより、コミュニケーションなんですよね。
岡田 そうですね。考える時間をきちんと僕たちにも与えてくれる。ただ、一度、収録したものを全部監督と一緒に観たことがあって。あれは緊張したな。「どこが引っかかりました?」って聞かれても、自分の声を聴くことは違和感しかないので、全部ですって心のなかで思っていましたけど(笑)。そのなかでもとくに気になったところを伝えたら、監督とほとんど一致していて、ああ、同じ歩幅で景色を眺められているんだな、と感じ入りはしました。
観る人に解釈をゆだねる 世界観とテーマの魅力
──今作は《死者の国》という世界観をはじめ、哲学的な描写もちりばめられていたので、解釈が難しい部分も多かったのではと思います。お二人は、物語のテーマにどのように向き合われましたか。
岡田 僕はもともと細田監督の作品が大好きなんですけど、家族や愛というテーマは通底しながら、これまでとまるで違うことに挑戦されようとしているんだな、と台本を読んでまず驚いたんですよね。これまで、主人公がどんな苦境に立たされても、出会う人たちはみなあたたかく、少しずつ仲間を増やすことで孤独を癒やし、現実に立ち向かうという構図が多かったと思うんです。ところが、スカーレットはずっと、ひとりぼっち。聖に出会ったあともずっと、自分自身と対話して、悲しみや怒りと向き合い続けている。それがとても、新しいなと。
芦田 でも、だからこそ、人のあたたかさがより沁みるんですよね。本当に傷ついた人って、心がぎゅっとこりかたまって、簡単に他人を信用することができない。自分をふるいたたせるために、こうあらなければならないと言い聞かせ、攻撃的にもなってしまう彼女の姿は、現代社会を生きる私たちにも重なるものがある、と思いました。何が正解なのかわからない、善悪の基準すらいりみだれる、混沌とした世界でそれでも生き延びようとする彼女の強い生命力を、細田さんは描きたかったのかな、と。同時に、聖という優しくすべてを包み込んでくれる存在を描くことで、希望を示したかったんじゃないかという気もします。
岡田 《死者の国》の案内人みたいな老婆が登場するじゃないですか。彼女はどういう人なのだろうと、僕はずっと考えているんですよね。もしかしたら、同じ老婆のように見えて、スカーレットと聖が目にしている彼女の姿は違うのではないかなとか……ただ親切に助けてくれるわけではない彼女の存在の意味を、いつか監督に聞いてみたいです。
芦田 たぶん、語られていないところにたくさん、細田監督の思惑が仕掛けられているんですよね。たとえば《死者の国》の天上が海なのはどういう意味なんだろうと、ちょっと調べてみたんですけど。
岡田 えっ、調べたの? どれだけしっかりしてるの。
芦田 気になっちゃって(笑)。そうしたら、日本の神話で死と生がまじりあうといわれている「根の国」は海底にある、という説があるんですね。しかもその入り口は、黄泉の国と同じ黄泉比良坂にある、と。それを知ったとき、なんだか鳥肌がたっちゃって。ほかにも、「冥界の食べ物を食べたら戻れない」というギリシャ神話にちなむような描写があったり、女神ペルセポネが食べたといわれるザクロのような食べ物が登場していたり……。
岡田 ……言われてみれば。
芦田 象徴的な存在としてドラゴンが登場しますけど、現れるたびに雨が降るのは水神さまってことなのかなあとか。中世ヨーロッパのスカーレットと、現代日本の聖。二人をつなぐように、さまざまな神話の種や死生観がちりばめられている気がして、私も監督に聞いてみたいと思っています。
岡田 傷だらけのドラゴンが雨を降らせるたび、僕には泣いているように見えたんですよね。ドラゴンが、争いの絶えないこの世界そのものでもあるような気がして、胸が詰まりました。過去も現在も地続きに繋がっていて、僕たちが生きている今は全部、歴史のうえに成り立っている。異なる時代を生きたはずのスカーレットと聖がともに旅をし、ともに未来を変えようともがく姿に、希望を感じる作品でもあるなと改めて思いました。
芦田 生きるとは何か、をスカーレットはたびたび突きつけられますけど、それはそのまま、演じている私たちにも、観てくださるみなさんにも刺さるテーマだと思うんですよね。自分はなんのために生きるのか、生きてなにを成していくのか、本質的なその問いに向き合わざるを得ない凄みのある作品だと思います。血の流れる描写も多く、そのたび、生々しい音が響き渡るんだけど、だからこそ命の重みも感じさせられる。スカーレットの痛みと、聖のあたたかさに触れて、明日を生きることの希望をみなさんに感じてもらえたら嬉しいです。

明日を生きる希望を
みなさんに
感じてもらえたら(芦田)

僕たちが生きる今は、
歴史の上に
成り立っている(岡田)
あしだ・まな●2004年、兵庫県生まれ。ドラマ『Mother』などで注目を集める。出演作にドラマ『最高の教師 1年後、私は生徒に■された』、映画『はたらく細胞』『俺ではない炎上』など多数。2026年、ドラマ『片想い』主演予定。
おかだ・まさき●1989年、東京都生まれ。近年の主な出演作として、映画『ゆきてかへらぬ』『アフター・ザ・クエイク』ドラマ『御上先生』『ちょっとだけエスパー』など。また、初出演となるDisney+オリジナル韓国ドラマ『殺し屋たちの店』シーズン2の配信を控える。
取材・文=立花もも、写真=林 将平
©2025 スタジオ地図
スタイリング:浜松あゆみ(芦田さん)、大石裕介(岡田さん) ヘアメイク:板倉タクマ(nude.)(芦田さん)、礒野亜加梨(岡田さん)
衣装協力:
〈岡田さん〉ベスト(NEEDLES)、シャツ、パンツ(ともにPorter Classic)、シューズ(Paraboot)、タイ(ヴィンテージ)
〈芦田さん〉ブラウス、スカート(ともにERDEM/MAISON DIXSEPT(メゾン・ディセット ☎03-3470-2100)

原作小説『果てしなきスカーレット』
著:細田 守
角川文庫 定価 946円(本体 860円+税)
https://kadobun.jp/special/scarlet/
10月24日(金)発売

児童文庫版『果てしなきスカーレット』
作:細田 守 挿絵:YUME
角川つばさ文庫 定価 946円(本体 860円+税)
https://tsubasabunko.jp/product/hateshinakisukarred/322505000194.html
10月24日(金)発売

映画『果てしなきスカーレット』
原作・脚本・監督:細田 守
https://scarlet-movie.jp/
©2025 スタジオ地図
11月21日(金)公開
