男がボッキしないエロ小説が書いてみたかった――潔く自由なニューヒロインが痛快!【『典雅な調べに色は娘』鈴木涼美インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/12/6

■昼の世界と夜の世界、どちらが健全なのか

――計算高いようでいて、ちょっぴり抜けたところもあり。達観していながら心の底にはピュアネスが宿っている。そんなカスミがとても魅力的です。彼女には鈴木さん自身が反映されていますか?

鈴木:めちゃくちゃ反映されています(笑)。私も26歳頃に夜職から昼職へ転職したのですが、カスミが作中で感じているように、夜と昼の世界の差異というか違和感に居心地の悪さがありました。昼職である会社の中にいても、どうしても夜の匂いを出してしまっているのか、悪目立ちしていましたし、異なる者を見るかのような周囲からのまなざしを楽しんでもいました。カスミは若い頃の自分を凝縮したキャラクターではありますが、彼女の方が毅然として生きていますね。書きながら堂々としているなあ……と感じました。

――カスミもまた夜職と昼職における価値観の違いに戸惑っているところがあります。

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鈴木:夜の世界って分かりやすく自分の身体に値段がつく場所なんです。それはすごく無礼な文化ではあるけれど、すごく正直な世界でもあって。対照的に昼の世界は、女性の身体に値段をつけるのは建前ではいけないことになっていて。それでいて、女らしい振る舞いや女としての役割を暗黙裡に求められているところもある。夜であれば値段がつくことが昼だと無料でおこなわれていることもあります。非常に不可解、かつ不健全です。夜と昼、どちらが健全なんだろうと、よく考えていました。そうした私の実感も落とし込まれています。

――カスミには、灯りに蛾が群がるかのごとく中年男性たちが寄ってきます。そして非常に無自覚に(ここ肝心!)ひどい態度をとっています。

鈴木:ええ。初老の環境学者はカスミに、きっと何も考えないでピルを飲んでくれないかと頼んでいますが、他にもコンドームを着けたがらない男性なども登場します。彼らはそうした振る舞いを本当に悪気なく(女性に対して)しているように見えます。それは悪気がないだけに、いっそう根深い。カスミは軽くかわしますが、ちゃんと不愉快な気分になっています。そういった、性的な場において女性たちが日常的に経験している小さな傷つきや苛立ちを掬い上げたかった。

■男性=眼差す側、女性=眼差される側の構造を引っくり返したかった

――そんな男性たちですが、チャーミングなところもあります。

鈴木:彼らは完全に悪い人(たち)というわけではなく、人によっては愛すべきところもある。だからカスミも寝てもいいかな、と思ったわけでして。そうした普通の、常識もモラルもそれなりに備えている男性たちが、ことセックスに関しては当たり前のように女性に避妊を丸投げし、相手が傷ついていることにすら気づかないという鈍感さ。そうした“日常のなかにあるモヤり”は、小説という表現形式なればこそ、生き生きと伝えられるんじゃないかと。

――本作についてXで「男がボッキしない、むしろ萎えるエロ小説が書いてみたかった。ので書きました」と発言されていますね。

鈴木:世の多くのエロ作品は男性の眼差しで描かれていて、女性は「眼差される側」です。それは実社会でもそう。職場や街中で男性は女性を見つつ、無意識のうち値踏みしているのではないでしょうか。そうした男=見る側、女=見られる側の構造を引っくり返そうと思いました。

――カスミは寝ている相手をつぶさに観察して評します。鼻毛が出ている、目が異様にうるうるしている、という具合に。その率直さがおかしかったです。

鈴木:世の男性たちは性交している間の自分の表情を、もっと意識すべきですよね(笑)。相手にどう見られているのかを。カスミの目をとおして男性キャラクターたちを見られる側として描くことで、男性読者に、自分はこんなふうに女性を見ているかもしれない……と思ってみてほしいですね。

■経験を積んで同じところへ戻ってしまう繰り返しに、生きることのリアルを感じる

――唯一、名前を持つ男性キャラクター(すなわちカスミが彼を匿名的な“男”ではなく“個人”として認識する)が、後半で登場する小宮さんです。

鈴木:小宮さんは最初の段階から思いついていた人物で、カスミにとって「この人だけは他の男とは違う」と感じさせる人です。なので、出会いからして少々趣向を凝らしました。

――同じマンション内に住んでいて、カスミの落とし物を小宮さんは届けてくれます。まるでTVドラマのような“はじまり”ですね。

鈴木:カスミの、まあまあ灰色の生活に射し込む「ひょっとして人生が変わるかも……」といった錯覚を抱かせてくれる男性として小宮さんを配置しました。彼との関係がどこへ向かうかは読んでいただくこととして、(私が)書きたかったのは、恋愛や人生経験を積むことで人は必ずしも新しいステージに上がっていくわけではないんじゃないのかな……ということなんです。もちろん、そういう物語、いわゆるビルドゥングスロマンがあってもいいのですが、私自身は、いろんな経験をしては、また同じところへ戻ってきてしまう繰り返しの方にこそ、生きることのリアルを感じるので。なのでカスミも結局のところ特に成長しているわけではなく。でも、それでいいと思うんですよ。

――なかなかに痛い目に遭いながら、彼女は着実にタフになっています。

鈴木:やさぐれ度を深めつつ、成長してはいないんだけど、ちゃんと生存していますよね。そう、これは成長じゃなくて生存の物語なんです。

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