湊かなえ「もう西島さん以外に考えられないと思いました」西島秀俊「大変な決断だったのではと血の気が引きました」 禁断のミステリー『人間標本』実写ドラマ化《インタビュー》
公開日:2025/12/12

6人の少年が標本にされ、森の中に置かれている衝撃的なシーンから始まる、実写ドラマ『人間標本』(Prime Videoで12月19日(金)から独占配信)。原作は湊かなえさんの同名小説『人間標本』(角川文庫/KADOKAWA刊)だ。ドラマ冒頭で警察に出頭するのは、西島秀俊さんが演じる蝶の研究者、榊史朗(さかき しろう)。そして殺された6人の少年の中には、史朗の息子、榊至(さかき いたる/市川染五郎さん)もふくまれていた……。
「親の子殺し」という大きなテーマに挑んだ本作の実写ドラマ化について、原作者・湊さんと主演・西島さんにお話をうかがいました。
――『人間標本』は、蝶の研究者が息子をふくむ少年6人を殺して標本にした事件をめぐる物語です。「本当に実写化できるの……?」とそわそわしながら拝見し、冒頭に登場する標本があまりに背徳的で美しく、息を呑んでしまいました。
湊かなえさん(以下、湊) ぞくぞくしますよね。最初に、森のなかに6体の標本が置かれているさまが印象的に映し出され、西島さん演じる榊史朗が微笑みを浮かべながら警察に出頭し、罪を告白する。始まって10分足らずのその流れに「なんだかすごいものが始まったぞ!」と期待せずにはいられませんでした。

西島秀俊さん(以下、西島) 原作があまりにおもしろかったので、ぜひ挑戦したいと、一も二もなく引き受けたのですが、いざ脚本を読んで「大変な決断をしてしまったのではないか」と血の気が引く思いがしました。小説を読んでいるときは、ぐいぐいと物語に引き込まれていきましたが、実際に映像化すると考えるととても難しく、ハードルが高かったです。本の中では、ある人の主観に同化して読み進めますが、映像の場合、第三者の視点で撮るので、客観的に史朗という人間を見つめ直したとき、このときは何を考えていたのか、他人からはどう見えていたのか、などさまざまな視点が入りまじるため本当に複雑でした。
――事件の真実だけでなく、複数の視点が入ることで、登場する人物一人ひとりの内面が多角的に浮かびあがってくるのも、湊さんの作品のおもしろさですよね。
湊 映像化することで、その多角的な視点がよりくっきり浮かびあがっていたのが、私も興味深かったです。とくに、殺された少年たちに対する印象が、史朗と至とではこんなに違っていたのだなあ、と。小説で、少年たちの表と裏をすべて史朗の手記にまとめたのは、構造上、そうする必要があったからですが、それをただ踏襲するのではなく、映像ならではの仕掛けに変えてくださったことで、私も新鮮に楽しめました。
西島 同じ情景を見ているつもりでも、隣にいる人が、自分とまったく同じものを見ているとは限りませんよね。誰がどんなふうに世界をとらえているかはわからないのだということが、本作のテーマでもあります。それを、人間とは異なる四原色の目をもつ蝶をモチーフに描き出されたことがすごいと、役作りのために取材した(蝶の博士である)東京大学の矢後勝也先生も驚かれていました。

湊 そもそも私が物語を書いてみたいと思ったきっかけの一つが、「こんなにも親しい相手とさえ(世界のとらえ方が)食い違うのか」と思ったことなんですよね。近しい人が白血病になったときの経験があります。待ち望んでいたドナーが決まり、みんなで大喜びしていたところに、やっぱりやめます、と断りの連絡が入って……。落胆する私に友人も同調してくれると思っていたのですが、断る気持ちもわかると言われたんです。ドナーの手術を受けることで我が子の世話もできない体になるかもしれない、いろんなリスクを考えたら怖くなる、迷った末に自分も同じことをするかもしれない、と。
――経験によっても、見える景色の印象は変わるものなんですね。
湊 いちばん気が合うと思っていた相手だとしても、病気に対するとらえ方一つ、こんなに違うものなのか、と。答えは一つじゃないのだということを考える最初のきっかけになりました。だから、実生活でも小説においても、なぜその人はその結論に至ったのだろう、その行動をとったのだろう、と考えずにはいられないんです。
西島 その人のなかで筋が通った言動だとしても、相手にさっぱり伝わらないことも、多々ありますよね。僕は、ろくでもない人物の役を演じることもありますが、打ち合わせのときに「こんな人物に、誰も感情移入できないのでは?」という話をすることもあります。それでも演じるからには僕なりに愛情をもって、そのキャラクターを理解しなければ演じられません。しかし作品が世に出てみるとやはり「なんてひどい奴だ」と言われます。自分の中では筋が通っていたとしても、人からはわからないものだと思いますし、それこそが、人によって(世界を)とらえる視点が違うということなのだと思います。それでも、今回の役は最後まで見ていただくことで、なぜこういうことになったのか、ということがわかっていただけるのではないかと思います。
湊 でも今回演じていただいた史朗は、ちゃんと伝わるものがあると思います。最初に出頭するシーンでは、誰もがサイコパスな猟奇殺人犯の印象を抱くと思うんですけど、物語が終わって、もう一度、最初から見返したとき、きっと観ている人は全然違うことを感じると思うんですよ。どんな想いを乗り越えて、こんな表情を浮かべて出頭してきたのか、想像をかきたてられてしまう。取り調べを受けているとき、ふと窓を見上げるときの表情もすばらしかったです。本当に、奥行きのある演技をなさる役者さんだな、と。
西島 ありがとうございます。
湊 そもそもキャスティングを聞いた瞬間、「もう西島さん以外に考えられない」って思ったんです。蝶の研究に生涯を捧げた榊史朗は、一つの分野にストイックに向き合い続けることのできる人であり、そして、父親としての愛情深さを抱いている人でもある。西島さんを個人的に存じ上げているわけではないけれど、史朗のその二つの側面と私のなかの西島さんのイメージがぴったりとハマったんです。至に向けられるまなざしが、また、とてもいいんですよね。溺愛するわけじゃないけど、大切に育ててきたんだなあとふとした瞬間に伝わってきて……。
西島 もう、なんていうか……恐縮してしまいます。できるだけ、観る人にゆだねたいとは思っていました。史朗は、何を考えているのか、どういう想いだったのか、一切、語らないまま警察官に対峙しているわけです。でも、その見せるつもりのない想いでも、本当に心の奥底に秘めて演じ切ることができれば、ラストで伝わるものがあるのでは、と思っていました。父と息子の深い愛というものもまた、僕がこの小説を読んで惹かれた部分でもありましたし、その選択が間違っていたとしても、最後まで史朗に寄り添いながら、最後の一瞬まで一緒に生きていきたい、と思いながら演じていました。

――才能を認めてもらいたい、という親に対する想いもまた、本作で描かれるテーマの一つですが、お二人がその葛藤に共感するところはありますか?
西島 自分の中にある芸術やアートに対する渇望や、どうあがいても到達できない、でも到達したいと願う祈りのようなものを、史朗のその想いに投影したところはあるかもしれません。僕は映画が本当に好きで、どうしたらこんなすばらしい作品ができあがるのかと、圧倒される作品にもたくさん出会ってきました。いつか、僕もそうした作品の一部になりたいと思いながら、自分に足りないものを突きつけられることを繰り返して、きっと生きていくんだろう、と思っているようなこともまた、この作品には描かれていると思います。
湊 結局、人が惑わされてしまうのは、評価の部分なんですよね。才能の有無ではなく「認められたい」という気持ち。たとえば、自分では高いハードルを越えていいものを書けた、と手ごたえを感じたものに対する反応があまりよくなかったりすると、何が足りなかったんだろう、と落ち込んでしまう。それも結局、評価に左右されているということですよね。でも、長く作家を続けてきて思うのは、評価というのはわかりやすいかたちですぐに返ってくるものではないということ。10年経って振り返ってみたとき「思えばあれが転機だった」と感じられる作品になっていたり、努力の成果があらわれていたりするんです。
西島 映画も、同じですね。当時は酷評されていたものが、後になって賞賛されることもありますし。
湊 だから、評価に振り回されて卑屈になるのではなく、やるだけのことをやったんだと自信をもって胸を張る。そうしてまた新しい一歩を踏み出すことを繰り返すのが必要なのだとわかってはいるのですが、やっぱり評価は気になっちゃうんですよね(笑)。
西島 そうなんですよね。どんなに評価されなくても僕はすばらしいと思う、という作品は世の中にたくさんありますし、自分のやれることにベストを尽くすしかないんだということはわかっていくんですが……。作品を世に出して、人の目や時間にさらされるというのは、本当に過酷で大変なことであり、慣れることはないと思います。
湊 それでも、この作品はきっと、世界中の人たちに届くと信じています。過去の作品が英訳されて、海外の賞にノミネートされたりブックフェアに呼んでもらったりすると、けっこうみなさん、自分事として読んでくださっているんだな、ということを感じるんですよ。悪意と善意が絡みあって生まれる人間関係の複雑さは、きっと言葉や文化の壁を超えて、普遍的にみんな感じているものなんだなあ、と。誰もが自分事としてとらえられる作品としてこのドラマも仕上がっていると思うので、世界配信されるのが楽しみです。
西島 僕はこのところ、家族をテーマにした物語に出演することが続いていて。名だたる才能ある監督たちが、今、家族を描こうとしていると感じています。テクノロジーの進化もあり、最小単位である家族というものが昔とは大きく変わっていますよね。その家族が世界中でテーマとなっている理由はわかりませんが、そこに語るべき物語があると考えているのかもしれません。そういう中で、今回、『人間標本』という湊先生の深い物語が、国境を越えて自宅で観ていただける。ぜひ世界中のみなさんに観ていただいて、湊先生の小説と行ったり来たりしながら、楽しんでいただければと思っています。
取材・文=立花もも、撮影=金澤正平
西島秀俊さん ヘアメイク=亀田 雅 スタイリング=オクトシヒロ
湊かなえさん ヘアメイク=Storm(LINX)
〈番組概要〉
『人間標本』

配信開始日:2025年12月19日(金)より世界配信開始
話数:全5話 ※一挙配信
出演:出演:西島秀俊 市川染五郎
伊東蒼
荒木飛羽 山中柔太朗 黒崎煌代 松本怜生 秋谷郁甫
宮沢りえ
原作:湊かなえ「人間標本」(角川文庫/KADOKAWA刊)
監督:廣木隆一
美術監修・アートディレクター:清川あさみ
※配信内容・スケジュールは予告なく変更になる場合があります。
※作品の視聴には会員登録が必要です(Amazonプライムについて詳しくはamazon.co.jp/primeへ)。
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■あらすじ
盛夏の山中で発見された六人の美少年の遺体—自首したのは有名大学教授で蝶研究の権威・榊史朗(西島秀俊)だった。幼少期から蝶の標本作りを通し、「美を永遠に留める」執念に取り憑かれた男は、最愛の息子(市川染五郎)までも標本に変えてしまう。蝶に魅せられた史朗は、なぜ事件を起こしたのか。その狂気の犯行の真相は、複数の視点によって新たな真実へと姿を変えていく……。
西島秀俊(にしじま・ひでとし)
1971年生まれ、東京都出身。大学在学中より俳優活動を始め、1992年に本格デビュー。映画『ニンゲン合格』(99)、『Dolls(ドールズ)』(02)、『CUT』(11)他多数の作品で主演を務め、『ドライブ・マイ・カー』(21)ではアジア人初の全米映画批評家協会賞主演男優賞に輝いた。映画化されたドラマ「MOZU」シリーズ(14~15)、「きのう何食べた?」シリーズ(19~23)などにも出演。近年の作品に映画『首』(23)、『スオミの話をしよう』(24)、『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』(25)、ドラマ『Sunny』(24)など、国内外の作品に出演し活躍中。また米国Amazon MGMスタジオ製作の『ロード ハウス2』への出演も控える。
湊かなえ(みなと・かなえ)
1973年生まれ、広島県出身。2007年に『聖職者」で小説推理新人賞を受賞。16年に『ユートピア』で山本周五郎賞を受賞、18年には『贖罪』がエドガー賞候補となる。主な著書に『告白』、『Nのために』、『夜行観覧車』、『母性』、『暁星』など。
