「1ページ目から終わりまで順に読み進めなくてはいけない」は思い込み。読む順番で結末が変わる小説『I』【道尾秀介インタビュー 後編】
PR 公開日:2025/12/16

体験型ミステリーの第一人者として、『いけない』『きこえる』といった小説の枠にとらわれない作品を生み出してきた道尾秀介さん。さらなる驚きが仕掛けられている新刊『I』について、お話をうかがった。
本作の冒頭には、イギリスの作家マーカス・セジウィックとドイツの作家ミヒャエル・エンデの言葉が引用されている。本作を読み終えたあと、二人の言葉に戻ると、そもそも物語とはなんなのかという、道尾さんの深い思索にも触れられるような気がする。
「こういうものでしょ、とわかったような気になっている限り、新しいものは生み出せない。同時に、小説はこうあるべきだという自分なりの理想を常に持っていなければ、中身のない器を作り続けるようなもので、人の心に響く物語は描けない。僕はずっとそのことに思いを巡らせてきました。二人の作家の言葉は、今作のコンセプトを思いついたときにふと、よみがえってきたものでした」
道尾さんは小説にしかできない表現を探りながら、リアル脱出ゲームを企画するSCRAPと組んで本格犯罪捜査ゲーム「DETECTIVE X」シリーズの制作を手掛けるなど、物語そのものの楽しみ方を追求し続けている。その経験も、今作には還元されているのだろうか。
「まちがいなく、されていますね。固定観念や既成概念を打ち壊す“水平思考”という言葉がありますが、一つのジャンルにとどまってどうにかしようともがいているうちは視野が広がらない。自由になろうとしているうちは、ずっと不自由。そもそもそこに枠があるのだということ自体を忘れなくてはいけないんです。『DETECTIVE X』では事件解決のために必要な捜査資料を、自分の気になったものから順に目を通していきます。そこで、“知る順番が違うだけで導かれる結論が変わる可能性がある”ということにも気づけた。小説だって、1ページ目から終わりまで順に読み進めなくてはいけないと決まっているわけじゃなくて、それも単なる思い込みなんです」
あたりまえのことを疑うのは、誰にでもできることではない。小説というメディアを愛していれば、なおさらだ。けれど道尾さんは、愛しているからこそ、小説のもつ可能性を最大限に広げていく道を選んだのである。
「たとえば街なかに貼られたポスターは、目にした人全員が同じ解釈をできないと意味がない。でも絵画は、全員がひとつの解釈しかできなかったら面白くない。“余白”ではなく“要白”、つまり必要な空白というものがあって、そこに、無限の解釈が生まれるのが芸術なのでしょう。小説も同じだと、僕は思っています」
小説の舞台を特定しないのも、“要白”に対する想いがあるから。
「場所を特定すると、ほんの少しでも現実とズレた瞬間、リアリティを損なってしまう。たとえば『雷神』はどうしても新潟を舞台にしたかったので、大量の方言辞典を読み込んで新潟弁を勉強しましたが、それくらい徹底できなければ舞台にしてはいけないと思う。いっぽうで架空の場所を舞台にする場合、読者が物語に没入するためには、説明しすぎないことが重要だと思っています。今作でも、舞台となる町の地形や名所が重要なカギとなりますが、主人公と一緒に土地を歩いているような気持ちなればなるほど、読者は物語に没入できる。そういう意味でも、体験型エンターテインメントとして、みなさんの五感に訴えかけるものになっていると思います」
取材・文:立花もも 写真:川口宗道
みちお・しゅうすけ●1975年生まれ、東京都出身。2004年、『背の眼』でデビュー。著書に『カラスの親指』(日本推理作家協会賞)、『龍神の雨』(大藪春彦賞)、『光媒の花』(山本周五郎賞)、『月と蟹』(直木賞)など多数。

『I』
(道尾秀介/集英社)1870円(税込)
元刑事のホームレス・野宮の語る過去に、みずからの悔恨を重ねる田釜。田釜も、野宮も、何かを抱えていた(「ゲオスミン」)。2つの章どちらから読むかで、結末が大きく変わる衝撃の物語。
