「よめぼく」シリーズ最新作。死を願う高校生の男女が「奇術部」で生きる意味を見つけて…痛みと希望を描く感動ストーリー【書評】
PR 公開日:2025/12/10

「そんなに死にたいならさ、俺が殺してもいいよ」
この歪んだ約束から始まる高校生の物語に、こんなにも心揺さぶられるとは思わなかった。どうしても死ななければならないという決意と、それでも死ぬ前に何かを成し遂げたいという葛藤。好きなことに全力を尽くす日々と、刻一刻と迫りくるタイムリミット……。
『余命半年の僕が、死へ急ぐ君と出会った話』(森田碧/ポプラ社)は涙なしには読めない1冊。累計62万部を突破した、余命宣告を受けた高校生の男女が織りなす青春小説「よめぼく」シリーズ待望の最新作だ。同シリーズでは、2024年にNetflixで永瀬廉と出口夏希の主演で『余命一年と宣告された僕が、余命半年の君と出会った話』(同上)が映像化されたことが記憶に新しいが、最新刊も同じくらい──いや、それ以上に私たちを泣かせてくる。ページをめくれば、切なくもまっすぐな恋模様と、やがて訪れる残酷な運命から目が離せない。死を近くに感じているからこそ見えてくる鮮やかな景色に、胸が痛いほど締め付けられる。
死にたい少女と脳に腫瘍がある少年が出会い…
主人公は高校2年生の矢城佑亮。中学生のときに脳に腫瘍があることが分かったが、ある出来事をきっかけに、ろくに通院もせず無気力な毎日を送っている。そんなある日、矢城がひとり静かに本を読める場所を探していると、学校の屋上から飛び降りようとしている水瀬陽菜と出会う。何度も屋上に行っては飛び降りることができずにいる陽菜に、矢城は「死ぬ覚悟がないならやめたら?」と声をかけ、陽菜は切々と死にたい理由を訴える。そこで、矢城は陽菜を事故に見せかけて殺すことを提案。「死ぬ前に何かを成し遂げたい」と願う陽菜とともに奇術部に入部し、文化祭でその計画を実行しようとするのだ。
「死にたい」という陽菜と、「殺してあげる」という矢城。ふたりの関係はなんて危ういのだろうか。だが、暗い計画を胸に入部した奇術部でふたりは期せずして生きる意味を見つけてしまう。死を目の前にしたからこそ、生が見えてくるだなんて、ひどい皮肉だ。奇術部の部員は、部長の森川先輩と矢城、陽菜の3人だけ。部室でマジックの練習をしたり、何気ない時間を過ごしたりするうちに、次第に陽菜の表情は和らいでいく。新しいマジックができるようになるたびに見せる陽菜のまぶしい笑顔。その笑顔を目の当たりにするたびに矢城の胸はズキズキと痛み、心臓の鼓動は加速していく。そして、矢城は陽菜に「本当に死ぬつもりなのか」と確認せずにはいられなくなってしまうのだ。
未来のないふたりの残酷な現実
マジックを習得する喜び。最後にしたかったジョギング。久々に訪れた思い出の水族館……。どの瞬間も陽菜は矢城と一緒にいた。何気ない時間がこんなにも愛おしく思えるなんて。惹かれ合うふたりと、刻一刻と迫る文化祭の日に胸が苦しくてたまらない。ああ、ただの奇術部員としてふたりが普通の高校生活を送れていたらどんなによかっただろうか、どうにかこの運命から逃れることはできないのだろうか。ふたりが互いの思いを告白し合うエピローグは号泣必至。だが、ふたりには未来はない。どこまでも残酷な現実に涙が止まらない。
奇術とは、一瞬で消える美しい幻だ。矢城と陽菜が奇術部で過ごした時間もまた、手を伸ばした途端に指の間からこぼれ落ちてしまうような、儚いきらめきに満ちている。だからこそ、その輝きはいつまでも心に焼き付く。読後、ふたりの“最後の舞台”を思い返しながら、あなたも、自分の毎日もまた二度と戻らない一瞬一瞬なのだと、静かに思い知らされるだろう。そばにいるかけがえのない人との時間を、もっと大切にしたい──そう思わせてくれる1冊。
文=アサトーミナミ
