井上咲楽の旅ごはんエッセイ「おいしい思い出」#1 遅く起きた朝に、ベルリンの朝ご飯

文芸・カルチャー

公開日:2026/1/23

旅先で食べた一皿を思い出すと、その土地の風や音までよみがえることがあります。見た景色、聞いた言葉、漂う音楽ーーそれらが食べ物と溶け合い、心の中でひとつの風景を描き出す。食べることとと旅することのあいだにある、やわらかな時間。そんな「味の記憶」から始まる小さな旅をつづったエッセイです。今回はベルリンでの様子をつづっていきます。

今、私はベルリンにいる。ベルリンマラソンに出るためだ。無事にマラソンを終え、今日は3日目。疲れを癒すべく、一人でベルリンを楽しんでいる。9時くらいに起床。昨晩のマラソンの疲れがまだ残っていて体が痛む。ちょっと寝ぼけながらベッドを出て、ホテルの朝食バイキングを食べた。少し重めのル・クルーゼ的な鋳物の鍋に豆を煮たおかずが入っていたり、ソーセージが入っていた。酸っぱいじゃがいものマリネ的なものもあって、すごく美味しい。
パンは数種類あった。私はハード系のパンや穀物の味がするパンが好みなので、重たそうなライ麦パンを選んだ。熱いコーヒーが美味しい。

チェックアウトして、ここから車で10分ほどのホテルへ移動し、荷物を預ける。今日は一日フリー行動できるので、観光に徹する。私がベルリンに来る少し前に来ていた人におすすめの観光スポットを聞いたところ、ザクセンハウゼン強制収容所が1時間半くらいで行けておすすめと聞いたので、行ってみることにした。
元々、今年の年始の旅行もアウシュヴィッツ強制収容所へ行ってみたくてドイツ旅行を検討していたくらいだったので、収容所という場所に興味があった。

ホテルからは電車とバスを乗り継いで1時間半くらいで収容所に着く。ちなみに、ベルリンの交通機関のチケットは駅かアプリで購入できるのだが、A、B、Cと範囲が分かれていて、自分が移動する範囲分のチケットをアプリで購入する。ただ、購入するだけで、改札もなく、チケットを確認されるのは特急的な列車に乗った時のみだった。これでいいのか?キセルする人とかいないのだろうかと不思議に思ったが、確かフィンランドもこういうチケットの買い方だった気がした。性善説の国なのだろうか。

アウシュヴィッツ強制収容所に着いた。収容所は無料で入れる。信じられないくらいに広かった。絶望を感じる広さで、殺伐としていた。監視塔がいくつかあって、どこからでも見張られているような気持ちになる。きっと見晴らしがいいだろうから、逃げられないと思った。
有名な「Arbeit macht frei」(働けば自由になる)というナチスが掲げたスローガンが収容所の入り口に掲げられていた。現在のものはレプリカらしい。
焼却炉なども見た。ここで人が人を殺し、焼いていたのかと思うと今書いていても手に嫌な汗が出てくる。小さい頃から「アンネの日記」をはじめ、「夜と霧」など、収容所に関する書籍は興味を持っていくつか読んできたが、実際に見てみるとくるものがあった。言い表せない嫌な気持ちになり、想像もしたくない絶望だった。

世界では残酷なことがたくさん起こっている。私は、今の日本に生まれてラッキーだと思ってしまうことがある。それは、水回りの清潔さを感じた時であり、ご飯が当たり前に美味しい時であり、このような残酷なものを見たときだ。思わずそう思ってしまうことが正直あるが、当時、この施設に収容されていた人も、今なお残酷な目に遭っている人も、たまたまそこに生まれて、その人として生きていただけ、ただそれだけだ。様々なことを知った時、自分の日常生活と照らし合わせてとてもとても辛くなる。こんな暮らしをして、これを食べていてもいいのだろうかと。私には、ただ知ることしかできない。

収容所をあとにしてベルリン市街に戻る。ここからの観光を何も考えてなかったので、noteというアプリに投稿されていたドイツ駐在員のテディさんの記事がいい感じだったので、参考にプランを立てた。「ドイツでオシャレしたいやつに捧げるベルリンおすすめショップ集」というタイトルがこだわりと尖りと素直さを感じていい。ちなみに28歳独身男子、日系企業の駐在員らしい。
まず気になったのが「TheStore X」というカフェが併設されているショップだ。
おしゃれさとテディさんの紹介文「人間性が深そうな人がひとりでここのカフェでくつろいでます」という一言に爆笑した。人間性が深そうなドイツ人はぜひ見てみたい。そして、人間性が深そうな人がいくカフェに私も行ってみたい!という薄い理由で行ってみた。

店内はめちゃくちゃオシャレで、レコードや服やアクセサリーが並んでいた。オシャレな服がずらりと並んでいて、思わずジャケットを試着してしまった。「うわ!可愛い!これは欲しい」と思って値札を見たら、なんと驚愕の60万でそっと棚に戻した。店員さんはよくこんな小娘に60万のジャケットを試着させてくれたな。
カフェも併設されていたのでキャロットケーキとコーヒーで休憩する。朝からカフェインを摂取しすぎて気持ち悪い。スキンヘッドのドイツ人がパソコンを見つめながら頭を抱えていて、たしかにあの人は人間性が深そうだ。

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井上咲楽(いのうえ・さくら) 1999年、栃木県生まれ。2015年「第40回ホリプロタレントスカウトキャラバン」を経て芸能界入り。ABC「新婚さんいらっしゃい!」NHK「サイエンスZERO」ではMCを務め、バラエティ番組を中心に活躍中。2024年5月に『井上咲楽のおまもりごはん』、11月に『じんせい手帖』、2025年10月には『井上咲楽の発酵、きょう何作る?何食べる?』を出版。「発酵食品ソムリエ」資格、「食品衛生責任者」の資格も持つ。