殺し屋に命がけの“売り込み”をする営業マンの末路とは? 大絶賛の話題作ほか、本読みの達人たちが教える選りすぐりの新刊本

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2026/1/7

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年1月号からの転載です。

本読みの達人、ダ・ヴィンチBOOK Watchersがあらゆるジャンルの新刊本から選りすぐりの8冊をご紹介。あなたの気になる一冊はどれですか。

イラスト=千野エー

[読得指数]★★★★★
この本を読んで味わえる気分、およびオトクなポイント。

前田裕太
まえだ・ゆうた●1992年生まれ、神奈川県出身。芸人。高岸宏行とともにお笑いコンビ・ティモンディを結成。数々のバラエティ番組に出演し活躍。著書に『自意識のラストダンス』がある。

『イン・ザ・メガチャーチ』
『イン・ザ・メガチャーチ』(朝井リョウ/日本経済新聞出版)2200円(税込)

推し活と幸せとは一体何かと読者に問う大作

推し活という言葉は世の中で当たり前になっているため説明を省くが、本作は、推し活中の人、かつて推し活をしていた人、そして推し活を仕掛ける人の三者の視点で書かれた群像劇である。推し活という行為に、アイデンティティを支える擬似宗教という側面があることを捉えて書かれた本作は、そのあまりにも高い解像度から、まるでドキュメンタリーを読んでいるかのような錯覚すら起きる質量で書き上げられている。
私は帯にもなっている「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」という一文に痺れた。
現代の推し活をこの角度から、この解像度の高さで書き上げた朝井節であり、これを読んだ人の感想がとても気になって、他の人のレビューを調べてしまったほどである。作家生活15周年になる朝井先生の本作、必読である。
文芸/小説

幸せを再定義してしまう度
★★★★★

『今日もスープを用意して』
『今日もスープを用意して』(加藤千恵/ポプラ社)1980円(税込)

異質な親子の人生を見守る物語

この作品は望という子が6歳から大人に成長していく、その人生を覗き見るような長編小説である。
親である芙美子が自由奔放で自分本位な性格であるため、周囲からネグレクトではないかと心配をされることも多い。そんな異質な親子関係を子どもである望を中心に章ごとに、周囲の目線から繊細に描いている。
望に対して優しさを向ける人もいるが、その優しさや正しさの中にある独善性を感じて、自分も他者に対して正しさを向ける時には注意したいなと思わされる瞬間が多々あった。
本作の中で学校の先生が望の家庭環境を心配して、味方である旨を伝えた時に「お母さんは、敵なんですか?」「わたしと、お母さんは、敵同士ってことですか?」と望が言うシーンで、外からの見え方と当事者としての実感に乖離があるということを、当然なことなのだけれど、考えさせられた。
文芸/小説

親子関係の多様性度
★★★★★

村井理子
むらい・りこ●1970年生まれ、静岡県出身。翻訳家、エッセイスト。著書に『村井さんちの生活』『兄の終い』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』など。訳書としては『ゼロからトースターを作ってみた結果』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』ほか。

『毎日酒を飲みながらゲーム実況してたら膵臓が爆発して何度も死にかけた話』
『毎日酒を飲みながらゲーム実況してたら膵臓が爆発して何度も死にかけた話』(たろちん/太田出版)1980円(税込)

闘病エッセイ界に新星現る

何度も死にかけた? 膵臓が爆発!? と、興味をそそられ何気なく手にした本書、とんでもない闘病エッセイだった。何がとんでもないかというと、著者たろちん氏の過酷な闘病がとんでもない、そして、そんな深刻な状況であるはずなのに、文章がとんでもなく面白い! 酔っ払いゲーム実況者だった著者はある日、過度な飲酒による「重症急性膵炎」となって病院に担ぎ込まれる。その日から、過酷で、長い闘病生活がはじまり、本当に何度も死にかけ、奇跡的に復活を遂げるという、笑いあり、涙ありの素晴らしいエッセイだった。私が最も感激したのは、たろちん氏の文章の上手さ。悲惨な状況のはずなのに、暗いトーンがほぼ一切なく、とても軽やかだ。辛い思いをされたはずなのに、むしろ爽やかにそれを書ききっている。闘病記であり、命の話でもあり、愛の話でもある。もっともっと読ませてほしい。だから、これからもお元気で!
文芸/エッセイ

著者を応援しちゃう度
★★★★★

『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』
『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』(東 えりか/集英社)2200円(税込)

深い愛の一冊

著者東えりか氏の夫が突然倒れたのは、スポーツクラブで運動をした直後だった。その瞬間から、東氏の闘いは始まったに違いない。原因不明のまま何カ月かが経過し、最終的にわかったのは、夫が治療困難な「原発不明がん」であり、症状は刻一刻と進行しているという過酷な現実だった。自宅での最期を希望した夫を看取った東氏は、何が起きたのか、原因は何だったのかを調べたい気持ちを抑えることができずに、悲しみを抱えながらも動き出す。
ノンフィクション専門のベテラン書評家が本気を出すと、ここまで圧倒的な一冊が出来上がるのかと衝撃を受けた。二人に一人ががんになるという時代、これは決して他人ごとではない。著者の簡潔だが力強い文章もさることながら、夫への愛情の深さに心を打たれた。自宅で過ごした最後の18日間は、つらくても幸せな日々だったと回想する著者。素晴らしい記録を残して下さったことに、読者として感謝している。
文芸/ノンフィクション

圧倒される一冊度
★★★★★

本間 悠
ほんま・はるか●1979年生まれ、佐賀市在住。書店店長。明林堂書店南佐賀店やうなぎBOOKSで勤務し、現在は佐賀之書店の店長を務める。バラエティ書店員として書評執筆やラジオパーソナリティなどマルチに活躍の幅を広げている。

『うたかたの娘』
『うたかたの娘』(綿原 芹/KADOKAWA)1980円(税込)

人魚×現代ルッキズム! 新解釈の人魚奇譚集!

若狭の或る港町に残る人魚伝説から幕を開ける、幻想的で奇妙で恐ろしい、そしてとびっきり美しくて悲しい連作短編集。
外見や歌声が美しく、人々を魅了する存在だというのは、ギリシア神話の時代から伝わる人魚設定の一つだが、その美しさに狂うのは人魚自身ではなく、決まって周囲の人間たち。美に魅せられ、足を踏み外す人間の醜さとクズっぷりが存分に描かれ、恐怖の中にもルッキズムへのメッセージ性を強く感じた。ミステリ的な要素もあり、徐々に明かされる人魚・ユミコと「へしむれる」の謎にゾクゾクする。
「へしむれる」が大活躍(?)する第3話目の恐ろしさはベクトルが違い、水族館の場面などは伝説級。こんな水族館、絶対嫌だ、嫌すぎる!
「人魚の肉を食べると不老不死になる」設定にも新解釈が加わる。こっちの方が面白……いや恐ろし悲しいので、是非ご確認ください。
文芸/小説

人魚の肉は食べたいですか? 度
★★★★★

『殺し屋の営業術』
『殺し屋の営業術』(野宮 有/講談社)2145円(税込)

ルール無用! “殺しの営業”バトルに震撼せよ!

殺し屋も商売。殺しは立派な「商品」なのだから、優れた「営業」が必要です……こんなぶっ飛んだ設定がかつてあっただろうか。いやない。
これまでは法の中で営業を行っていた凄腕過ぎる営業マン・鳥井が、常識も法律もない闇の世界でどのような営業術を展開させ、その才能を飛躍させていくのか。とにかく鳥井の“営業”が始まると、次は何が起こるのだろう、どんな展開が待っているのだろうと心が躍る。そしてその期待を裏切らない、いや期待以上の展開が畳みかけるのだから堪らない。
偶然殺し屋の殺害現場に居合わせてしまい、口封じに殺されそうになった鳥井。その殺し屋に命がけの“売り込み”を始める場面からはドーパミンが噴出しっぱなしで、どんぶり飯を掻っ込むように文字を貪り食ってしまった。そしてこのラストの見事さよ……すいません、おかわりください!! シリーズ化、心からお待ちしております!!
文芸/小説

私も営業トークを磨きたい度
★★★★★

渡辺祐真
わたなべ・すけざね●1992年生まれ、東京都出身。2021年から文筆家、書評家、書評系YouTuberとして活動。ラジオなどの各種メディア出演、トークイベント、書店でのブックフェアなども手掛ける。著書に『物語のカギ』がある。

『天使の哲学 中世哲学入門講義』
『天使の哲学 中世哲学入門講義』(石田隆太/慶應義塾大学出版会)2640円(税込)

天使について考えた中世哲学の意義とは

ヨーロッパ中世哲学は、針の先端で天使が何人踊れるかを考えていたと揶揄されることがある。高校倫理の教科書でも中世は省かれていたし、僕自身あまり興味がなかった。本書はそうした中世哲学への誤解を解き、何が面白いかを解き明かしてくれる。
本書は、中世哲学が考えた、なぜ天使が存在するのか、天使は身体をもつのか、天使はどうやって知性を得るのか、天使はなぜ悪に染まりうるのかという議論を紹介する。我々には関係なさそうに見えるが、天使の身体や知性の議論は、近代を基礎づけたデカルトの知性論とほぼ同じであることが明らかにされる。その上、天使は、神の特性をよく引き継ぐために、生まれたときから高度な知性を宿しているとされているが、AIに近いのではないかと著者は指摘するのが面白い。ちなみに、天使同士の関係は官僚制のような階層構造になっているらしく、同情的な気持ちになった。
歴史/哲学

天使に休暇をあげたくなる度
★★★★★

『ソシュールとインド 構造主義の源流を求めて』
『ソシュールとインド 構造主義の源流を求めて』(川村悠人/人文書院)3080円(税込)

近代ヨーロッパ思想の原点に古代インド思想あり?

哲学や歴史学を学ぶと、ソシュールという言語学者の名前をどこかで知ることになる。近現代言語学の祖と呼ばれ、その思想は言語学のみならず、ヨーロッパ思想全般に影響を与えた。重要なのは、言語は「差異の体系」だと指摘した点にある。「犬」という語が成立するには、「犬」ではない語も成立する必要があり、その差異で言語体系が出来上がるということだ。
実はソシュールの学者としての原点には、古代インドの言語であるサンスクリット語の研究があった。古代インドでは言語研究が著しく進展しており、ソシュールはそれをよく学んでいたらしい。面白いのは、古代インドの言語学には、先述の差異の体系に近い考えがあったことだ。ソシュールがどの程度影響を受けたかは不明だが、本書ではある程度の影響はあったと推測している。つまりヨーロッパの近代思想の根源には古代インドがあった可能性がある。思想史を揺るがす指摘だ。
思想/言語学

古代インド人もびっくり度
★★★★★

<第9回に続く>

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