思い出のあの子が殺人者!? 怖くて切ない人形ホラー×本格ミステリー『ルーカスのいうとおり』【阿津川辰海 インタビュー】
公開日:2026/1/22
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年2月号からの転載です。

誰しも「子供の頃に仲良しだった人形」の思い出はあるだろう。いつも一緒だった遊び相手。時には親や友達にも言えないことをそっと告白したりもした物言わぬ親友。
だが、そんな愛おしい存在が世にも恐ろしい殺人鬼になってしまったとしたら?
ミステリーの名手・阿津川辰海さんが新刊『ルーカスのいうとおり』で挑戦したのは、ホラー小説では定番ともいえる人形ホラーだった。
「本作の出発点は、映画『チャイルド・プレイ』を本格ミステリーでやりたかったというところにあります。構想し始めたのは映画『M3GAN/ミーガン』が公開されたぐらいのタイミングでした」
『チャイルド・プレイ』は日本では1989年公開の米国映画で、殺人鬼の魂が乗り移った人形が次々人を殺す衝撃的な内容が話題になり、今や人形ホラーの古典と化した作品。一方、『M3GAN/ミーガン』は2023年に公開された米国映画で、子守用AIドールの暴走を描くSFホラーである。
どちらも愛らしい人形が残忍かつ無慈悲な殺人鬼となるギャップが恐怖の肝になっているわけだが、阿津川さんはそこにもう一捻り加えた。
「人形ホラーと本格ミステリーを融合させるには、どんな謎を用いればいいのか。色々と考えた結果、『チャイルド・プレイ』のように最初から霊の正体を明かすのではなく、霊の存在をほのめかしつつ、宿るモノの正体を探る話にすればいいのではないか。それを思いついたのが大きな出発点になりました。同時に『チャイルド・プレイ』のように、子供が見ている世界と大人が見ている世界の違いをミステリーの構造に活かせばいけるだろう、と」
本当はホラーが苦手 でも、がんばって読んでみた
本作の中には、主人公である小学5年生のタケシがホラー映画をキャッキャと笑いながら一人で観るシーンが出てくる。阿津川さんもそういう子供だったのだろうか。
「いやあ、まったく。むしろ私はホラーが苦手です。今、光文社さんの『ジャーロ』で『読書日記』という連載をやっているんですけど、そこでも『ホラーが苦手だ』と言い続けているぐらい怖くてしょうがない。とりわけ駄目なのが実話怪談です。『これは本当にあったことですよ』という前提だともう駄目ですね」
しかしながら、本作の微に入り細を穿つ恐怖描写は、怪談やホラーの素養無くして出てくるレベルのものではないと思うのだが……。
「まったく触れてこなかったわけではないんです。たとえば実話怪談の『新耳袋』は高校生の頃友達に貸してもらいました。でも、正直な話をすると、読んでいるうちにものすごく怖くなって、結局10巻あるうちの最初の1巻しか読めませんでした。返す時は全部読んだふりをしましたが(笑)。『チャイルド・プレイ』のような外国の作品だったら描かれる風景からなにから全く違うので、素直に絵空事と感じるのだと思います。だから、タケシのようにゲラゲラ笑いながら観ることはできるんですが、今の日本が舞台だと何か日常を侵食される感じがして、どうにも苦手なんです」
だが、阿津川さんに宿るミステリー読みとしての魂が、ホラーをスルーすることを許さなかった。
「ミステリー好きってある程度、どこかでホラーを通らなきゃいけない瞬間が来るんですよね。私の場合、最初は綾辻行人さんと有栖川有栖さんでした。綾辻さんの『眼球綺譚』だったり、有栖川さんの『赤い月、廃駅の上に』だったりを前に、いよいよ怪談に挑まなきゃいけないのかな、と。だってお二人の作品が大好きな以上、読まないわけにはいかないじゃないですか。京極夏彦さんもそうですし。それで素養の一環として読んでいるうちにだんだんと惹かれていって、口では苦手と言い続けているわりには、外側から見たらいっぱしのホラー好きに見える感じになったのだろうと思います。そうした流れの上で、本格ミステリーの先人たちがホラーに挑んできた文脈があったので、たぶん無意識のうちに私もいつかホラーをやらなければいけない、みたいな強迫観念が生まれてきたのではないかという気がします」
苦手なホラーに挑戦することになった経緯はよくわかった。だが、なぜ選んだジャンルが「人形ホラー」だったのか。
「小6だったと思います。家族で行った美術館で、ある人形を見たんです。当時は絵のことはよくわからないけどなんだか好きだなと思ったし、建物自体もレトロな感じがおしゃれで子供なりに楽しんでいました。ところが、階段の踊り場にガラスケースに入れて飾られていた西洋人形を見たとたん、それが一転しました。当たり前だけど首なんか動くはずがないのに、なんだかもうずっと見られているような気がするんですよ。それがもう本当に嫌でね。以来、その人形が夢で頻出するようになって。もしかしたらこの記憶自体が、夢で見たものを現実にあったものとして錯覚しているのかもしれない。そこは曖昧なんですが、いずれにしろ強烈な恐怖として残っているんです。それともう一つ、同じ時期にやっていた『鬼武者』というゲームに日本人形の姿をした敵モンスターが出てくるんですが、それが手から複数の刀を出して攻撃し、しかもこちらからの通常攻撃が効かないというとんでもない強敵で、完全にトラウマになってしまったんですよ。そういう体験が重なった結果、人形への恐怖が私の中に根付いたのかもしれません」
強くこだわったミステリーとしての側面
実体験も反映したホラーである一方、阿津川さんが主戦場としている本格ミステリーでもある本作。解くべき謎は「ルーカスの正体」であるわけだが、その部分にも二重三重の企みが隠されている。
「連載時には子供たちの視点で語られるパートと、周囲の大人たちのパートを同時進行で流していたのですが、書籍化するにあたっては時系列をかなり組み替えました。結果として、連載時にはさほど本筋に関わってこなかった謎をうまく活かすことができました。また、最大の謎に関しては連載の途中で最終的な回答を思いついたんですが、それをやるには最初から伏線を張っておかないと成立しないところがあったので、連載時にはうまく消化できなかったんです。そこで、書籍にする段階でより魅力的というか、よりこの作品のテーマに合っていると私が感じた方の解決が最終的な回答になるように組み替えました。だから、連載ですでに読んで結末を知っているよ、という方にも新たな作品として楽しんでもらえると思います」
さらにもう一つ、見逃せない点がある。本作で探偵役を務める霊能者の少年とその父の存在だ。連携してタケシの動向を探りながら真相に迫るが、秘めたる謎と力を感じさせるキャラクターになっている。
「今回は息子の方ばかり活躍することになって、父親は容姿の描写すら一切ないんですが、書いているうちに彼らにも結構愛着がわいてきたというか、今後まだ何かうまく使えそうだなっていう感じはしています」
ということは、今後、彼らの活躍も期待できるかもしれない。さらに付け加えると、本作はタケシと同じ年頃以上の全年齢層が読めるよう、描写や表現に配慮がされている。
これはもしや、令和を代表するホラー・ミステリーシリーズの誕生となるのではないだろうか。
歴史的瞬間を見逃さないよう、手にとってみてはどうだろうか。
取材・文:門賀美央子 写真:鈴木慶子
あつかわ・たつみ●1994年、東京都生まれ。2016年「名探偵は噓をつかない」で第一期カッパ・ツーを受賞。翌年、同作が書籍化されデビュー。23年、『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』で第23回本格ミステリ大賞評論・研究部門を受賞。著書に『怪盗うみねこの事件簿』など多数。

『ルーカスのいうとおり』
(阿津川辰海/幻冬舎)1980円(税込)
内気な小学5年生のタケシは2年前に母を亡くしてから心を閉ざしがちに。そんな時、河原で見つけたのは書籍編集者だった母が手掛けた児童書『どろぼうルーカス』のぬいぐるみだった。ルーカスを持ち帰ったタケシ。それ以来彼の昏い願望を叶えるかのような出来事が連発する。まさか、ルーカスの仕業? タケシは半信半疑のまま霊能力を持つ転校生の森と真相に迫るが。
