30歳で初就職の元アイドルも、才能に見切りをつけた元美大生も「夢を諦めたときからが正念場」花と人生が重なる物語【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2026/1/28

花屋さんが夢見ることには
花屋さんが夢見ることには(山本幸久/ポプラ社)

 人生、夢を諦めたときからが正念場。その言葉が、ぐさっと刺さった。〈夢を追いかけているうちは必死で頑張ることができる。でも夢を諦めてべつのことをするとなるとやる気がでなくて頑張れない。(略)こういうときこそ、夢を追いかけていたときよりも頑張らなきゃ、何事もうまくいかない〉のだからと、厳しいけれど大事な助言をくれるのが、小説『花屋さんが夢見ることには』(山本幸久/ポプラ社)に登場する川原崎花店の店長・李多さんだ。

 本当に、そのとおりだ。ブラック企業にとらわれ心身ともに消耗しきっていたところを李多に拾われた紀久子のように、全力で逃げなきゃいけない、無理に頑張る必要のないこともある。でも、やりたいことよりもやれることを優先しなくちゃいけない場面は人生でたくさんあるのに、そういう大事なことほど人はあとまわしにしてしまう。それでも、球根に水をやるように、やりたくなくても、毎日こつこつ水を与え続けていたらある日突然、美しい花を咲かせることもあるかもしれない――と背中をおしてくれるのが本作だ。

 といっても、主人公は李多でも紀久子でもない。正確には、紀久子は前作『花屋さんが言うことには』の語り手だったが、今作では川原崎花店で働くミドリという女性の同僚にすぎない。画家をめざして美大に入ったはいいものの、自分には才能がないと見切りをつけ、金沢の画材屋で就職することを決めたのに、業績不振で倒産。内定の取り消し。卒業後も花屋で働き続けるしかなくなったミドリは、紀久子同様、物語のはじまり時点では夢も希望もなにも見つけられていない。

 けれど彼女は、日々の仕事に手を抜いたりしない。思ったことがすぐ顔にも口にも出てしまう彼女は、コミュニケーションで失敗することもあるけれど、正直さだけではだれにも負けておらず、どんな仕事にも全力だ。だから、取引先の息子だからという理由だけで、30歳にして初就職となった元アイドルのたまご・雷響に対しても苛立ちしかわかないが、そんな彼も、ミドリをはじめとする花屋の店員、そして訪れる客たちの日常に真摯に向き合う姿に触れて、少しずつ変わっていく。

 その日常を、彩ってくれるのが花だ。本作を読んでいると、世の中はこんなにもたくさんの花にあふれているのかと驚かされる。なにげなく買って飾っている花の一つひとつに名前があり、こめられた想いがあり、同じチューリップと思っているものだけでも何千と種類があり、一つひとつ異なる色と香り、特性をもつ。本筋とはあまり関係ないが、川原崎花店で行われている「Who is the flower?」というフェア、もっと大々的にいろんなお店でやってくれないかな、と思った。かぐや姫にシンデレラ、ピカソにモーツァルトと、そんなにもたくさん人名のついた花が存在するなんて、想像もしていなかった。

 人々の日常を花で彩る手伝いをしながら、その心に触れて、ミドリの日常も色を増やしていく。読み終えたあと、ちゃんと名前と意味を知って花を買いたい、と思った。そして大切な人にも贈りたい。その人が意味に気づかなくてもいいから、愛情をこめてブーケをつくる。そんな日々を積み重ねていけば、きっと幸せが訪れるはずだと、夢見たくなる。

文=立花もも

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