『テルマエ・ロマエ』の作者・ヤマザキマリの生き方。「深い悲しみや苦しみは自分の持つ色彩を広げる」【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2026/2/3

最後の講義 完全版 漫画家・文筆家・画家 ヤマザキマリ
最後の講義 完全版 漫画家・文筆家・画家 ヤマザキマリ(ヤマザキマリ、NHK、テレビマンユニオン/主婦の友社)

『テルマエ・ロマエ』を描いた漫画家であり、多くの書籍をなす文筆家であり、山下達郎さんの肖像画を描いた画家であり、さらには大学の先生としてイタリア語を教え、夫はイタリア人で現在はイタリア在住…などなど、さまざまな顔を持つヤマザキマリさん。作品やプロフィールは知っていても、その核となる「ヤマザキマリとは何者なのか?」を捉えきれていないという方もいるかもしれない。

最後の講義 完全版 漫画家・文筆家・画家 ヤマザキマリ』(ヤマザキマリ、NHK、テレビマンユニオン/主婦の友社)は、ヤマザキさんが自分のこれまでを振り返りながら「表現者たる自分」としての生き方を語りおろした講義録。大反響だったNHKの同名番組(2024年7月放送)を未放映部分も含んで書籍化した一冊で、その人生がよくわかるだけでなく、ヨーロッパという自己主張と言語化がすべての場所で生きてきたことで培われた「強い芯」に大いに刺激を受ける一冊だ。

自由の代償としてあるのは孤独と疎外感

 母子家庭だったヤマザキさん。音楽家だった母は子どもを管理せず、ヤマザキさんは遊びたいだけ遊べて、宿題も自由意志、ご飯も好きなように食べる「自由な子ども」だった。ただし他の子の親たちはそんな子を一種の危険因子とみなし、我が子と遊ばせるのを推奨しなかった。

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 その結果ヤマザキさんが抱えたのは深い孤独感と疎外感。だから彼女は本を読み、絵を描き、自分の中にたまり続けるさまざまな思いを外へ出していった。そうでもしないと自分がうまくコントロールできなくなりそうだったから。「自由という束縛されない解放感には、同時にとても大きな負荷がかかるものであると知っておく必要がある」のだ。

人間社会は俯瞰で見つめたほうがいい

 不穏かつ受け取り方の共有を拒むような絵を描くイタリアの画家、ジョルジョ・デ・キリコを表現者として尊敬しているというヤマザキさん。キリコはお花畑を描く代わりに、影を描く。わざわざ長い影を描き、そこに真っ黒の絵の具を塗ってしまう。その黒はどんな色彩より深い――そんなキリコの絵に「不安」を感じるのは、小さい頃から「世界は彩りに満ちあふれた素晴らしい世界」と思い込むように教育されてきたためでもある。実際には世界には戦争のような理不尽があふれており、決してキラキラのお花畑ではない。だからこそ大事なのは「人間社会を俯瞰で見つめられるスキル」を身につけること。そして理不尽の中をたくましく生きていくだけでいい。

たくさん挫折し、傷ついて自分だけの色彩を持つ

 苦悩や失望に陥り、生きる価値を見出せなくなってしまうのは、「世の中は聖人君子とお花畑であるはず」「何事もがんばれば結果はでるはず」という思い込みの呪縛にとらわれているから。表現者という道を進む場合、こうした葛藤にも人一倍ぶち当たることだろう。だが、苦しんだ分だけ生きていくのに必要な頑強さとたくましさも備わっていくもの。深い悲しみや苦しみは自分の持つ色彩を広げる。むしろ表現者として多くの色彩を得るには「孤立する覚悟――自分だけにしかわからない世界を自覚する孤独を避けない覚悟――」が必要になる。

 上記はヤマザキさんが語ったことのほんの一部をまとめたものだ。このほかにも本書にはまだまだヤマザキさんの波瀾万丈な人生に裏打ちされた大切な言葉たちがちりばめられている。その静かな強度は胸にグッとつきささる。表現者を目指す人だけでなく、前を向いて生きる多くの人の背中を押してくれることだろう。

文=荒井理恵

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