読むとお腹が鳴る! “米推し”の神さまが伝授する満福な食生活が魅力の、あやかし×ごはんストーリー

文芸・カルチャー

公開日:2022/11/15

稲荷神の満福ごはん ~人もあやかしも幸せにします!~
稲荷神の満福ごはん ~人もあやかしも幸せにします!~』(烏丸紫明:著、三登いつき:イラスト/KADOKAWA)

 私たちの身体は、食べたものによってできている。こう書いてしまえば一見ありふれたシンプルな真理ではあるが、日々丁寧な食事を実践するのは骨が折れるし、せわしない暮らしの中で食生活の心得を他人からとやかく説教されたりすれば、ますます面倒な気分にもなるはず――。

「魔法のiらんど大賞2021 小説大賞」のキャラクター文芸部門賞を受賞した、烏丸紫明氏の『稲荷神の満福ごはん ~人もあやかしも幸せにします!~』(三登いつき:イラスト/KADOKAWA)に登場する“神さま”は、主人公たちに対して食生活の重要さを滔々と説き、食の不摂生をたしなめるキャラクターだ。それなのに決して鬱陶しくはなく、むしろチャーミングにさえ感じるのは、言葉や料理の数々から「人々に自分を大切にしてほしい」というまっすぐな思いがあふれ出しているからだろう。作中に登場するごはん描写に酔いしれながら、食こそが人の身体と営み、そして幸せを作ってくれるのだと思い出す。『稲荷神の満福ごはん』はそんな魅力に満ちた物語なのだ。

 大学生の榊木凛が働く「稲成り」は、古き良き時代の面影を伝える京町家を店舗にした食事処。店を切り盛りするイケメン店主・一陽は、日本の食文化の素晴らしさと米の偉大さを人々に知らしめるために、「稲成り」を開いたという。そんな一陽の正体は、稲荷大明神(いなりだいみょうじん)であり、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)でもある神さまだった。お米をこよなく愛する神さまが料理をふるまう店には人間のみならず、あやかしたちも訪れる。一陽と凛はお客にごはんを提供し、ときには彼らの悩みや厄介事も解決していくのであった。

advertisement

『稲荷神の満福ごはん』最大の読みどころといえば、神さまが作る美味しそうな手料理と食に関する講釈。関西風の出汁巻き玉子やシンプルな焼きナス、鯖の西京漬けや京赤地鶏と九条葱の炭火焼きなど、一陽が作るごはんの数々は日本の伝統的な食文化の豊かさを再認識させてくれる。一方で、栄養失調で倒れた女性のためにふるまった奄美諸島の郷土料理「鶏飯」を京風にアレンジした「おけいはん」など、神さま流のアレンジが光るメニューも登場する。

 そして米推しな神さまらしい、白米に対する並々ならぬこだわりも、熱のこもった言葉や流れるようなテンポの調理指南からひしひしと伝わってくる。京都の昔ながらの炊事場「おくどさん」で薪と羽釜を使って炊き上げたつやつやの白米こそが、「稲成り」の看板メニューであり、最大のごちそうなのだ。

 神さまのごはんの虜になっているのは人間だけではない。妖狐の家族などあやかしたちも「稲成り」に密かに通い、人間と並んで一陽の手料理に舌鼓を打っている。個性あふれる人間と人外が集う、ちょっと風変わりな食事処の物語を読んでいると、美味しい料理と人の笑顔で心がほっこりと温かくなる。

 店に持ち込まれる厄介事も、神さまの美味しいごはんが見事解決してみせる。祖母の懐かしの味をもう一度食べたい大学生や、家事に疲れてしまった主婦、そうめんを食べるのが苦手な子狐や、夏に開催される宴の酒と肴のメニューで悩む烏天狗たち……。そんなキャラクターとともに読者もまた、京町家に立ちのぼる湯気に引き寄せられていくはずだ。つややかに炊かれた白米の香りを思い浮かべながら。

文=嵯峨景子