2022年本屋大賞『同志少女よ、敵を撃て』装画担当・雪下まゆに聞く創作論。「社会への違和感」を抱えた主人公の絵の魅力
公開日:2023/9/2
『同志少女よ、敵を撃て』の装画は新鮮なお仕事だった

――最近の作品について教えてください。雪下さんの装画の力を多くの人が認知したのは、やはり『同志少女よ、敵を撃て』かな、と思うのですが。

雪下:この作品は自分にとってはすごく新鮮なお仕事でした。作者の逢坂(冬馬)さんからの要望が細かくあったので、それにどこまで忠実に描けるかをすごく意識して描きました。中でもイリーナという上官が主人公を守っているのに、主人公はそれに気がついていないという関係性を大事にしてほしいというのがあって、それをどう表現するかをすごく考えましたね。あとはロシア兵の軍服や銃とか、普段まったく描かないモチーフだったので、逢坂さんに協力していただいて参考になる映画なんかも教えていただいて。すごく新鮮で勉強になりました。
――どんな思いをこめて描かれたんでしょう?
雪下:主人公は普通の暮らしをしていたはずなのに戦争にまきこまれてしまう、私よりちょっと下の世代の女性です。20代初めの頃までは、「フェミニズム」という運動についてよく知らなかったのですが、生きていく中でだんだん女性であることで受ける理不尽などに私自身気がつきはじめたところがあって、世の中を変えたいと思っても「変わらないんじゃないか」って苦しい気持ちになったりするんですね。そういう混沌とした感情みたいなものが彼女にも生まれてきているような気がして、それをこの表情であらわせたらいいなと。この絵は自分をモデルに描いてはいませんが、その意味では自分を重ねて描いたところがありますね。
――『傲慢と善良』『レモンと殺人鬼』は先ほどうかがったように、ご自身がモデルなんですね。
雪下:『傲慢と善良』は単行本と文庫と両方描いていますが、それぞれ絵が違います。単行本のときは、芯がありながら自分に自信を持てないというような、多くの人が自分を投影できるような女性像を描きました。文庫版のときは「主人公の真実をアップで」というリクエストをいただいたので、彼女の表情がさらによく見えるような形で描くことにしました。
『レモンと殺人鬼』はタイトルから発想しました。黄色くて丸いポップなレモンと、恐ろしさのある殺人鬼という言葉の対比を描こうと決めて作品も読みました。
どちらも自分をそのまま描いているわけじゃないんですけど、自分の顔をモチーフにしながら少しずつキャラクターに寄せて変えていくようにしています。
――『六人の嘘つきな大学生』はたくさんの人物を描かれていますね。
雪下:この作品も、単行本と文庫と両方描いています。企業の最終選考に残った6人の大学生の話なんですけど、読者は「私はこの人っぽいな」とか「あの人、この人っぽいな」とか読みながら思うのではないかと。なので文庫ではある種の匿名性が出るように、証明写真のボックスで撮った写真みたいな感じで、誰もが共感しやすいような、個性があるんだけど個性がないような顔をイメージして描きました。
「いそうでいない感じ」にこだわって

――装画を描くとき、気をつけていることはありますか?
雪下:作家さんのイメージをどれだけ忠実に再現できるかを大切にしているので、最初に「本に書いてある情報以外にイメージがあれば伝えてください」とお願いしています。あとは構図とか明確なものがなくて自由でいいというときは、ネタバレしないように、本の前半部分から抽出するようにしていますね。どの作品でも共通しているのは、描く人物が「いそうでいない感じ」になること。会ったことがあるような気がするけど、初めて会う人というか、特に小説の装画の場合はそんな感じになるのを目指しています。
――次はこういう小説の装画にトライしたいというのはありますか?
雪下:実は人文科学や社会科学などの本は読むのですが、お仕事をいただくようになるまで小説にあまり触れてきませんでした。なのでお仕事をいただきながら小説の面白さを知っていく贅沢な経験をさせていただいています。
ただ『同志少女よ、敵を撃て』には普段描かない時代背景、そして武器などがあり新鮮だったので、そういう自分の作品の幅が広がるような小説の装画も描いてみたいと思います。いま、『ミュージックマガジン』の表紙イラストを描いてるんですが、多種多様な時代、人種、年齢の人々を描くことができ毎号楽しいです。
――『ミュージックマガジン』、表紙が最近ポップだな~と思っていたら雪下さんが担当されているんですね!
雪下:「この写真で描いてください」っていうのはあるんですが、コラージュしたり背景に好きなモチーフを描いたりとかなり自由にさせていただいています。もともとデッサンや描写がすごく好きで、映画や海外アーティストの絵を描いたりするのも好きだったので、その2つがまざって楽しさしかないです(笑)。
――いいですね! 誰を描くのが一番楽しかったですか?

雪下:坂本龍一さん(2023年6月号)の背景に透明のモチーフを描いたんですが、あれは坂本さんのドキュメンタリーから着想を得ました。坂本さんがお好きだと仰っていた映画で水面に揺れる海藻のシーンがあって、それがすごく印象的だったので、ちょっと透明なガラスっぽい描写で描いてみました。そういう実験的なこともできてすごく楽しいです。最初は、確認用のラフ(完成イメージを伝えるためのおおまかなイメージ画)も必要ないと言っていただいたのですが心配なので出しています。それくらい自由に任せていただけるお仕事です。
――ちなみに雪下さんの好きなアーティストは?
雪下:高校時代はオアシスとかアークティック・モンキーズとか、レッチリ(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)とかレディオヘッドなどがすごく好きでした。マリリン・マンソンも好きで、高校のクラスに馴染めなかったときは、ずっと大音響で耳栓みたいにして聴いてました(笑)。10代の頃から変わらず好きなのはDie Antwoordというアーティスト。いまはDJもやらせていただく機会があるので、ベースミュージック・テクノ・ハウスを聴くことが多いです。