世界進出もしている有名なベルギーのチョコレートブランドが、本店はこぢんまりとしている理由/チョコレートで読み解く世界史⑤
公開日:2024/2/19
『チョコレートで読み解く世界史』(増田ユリヤ/ポプラ社)第5回【全5回】
ヨーロッパとキリスト教の歴史から、今の世界情勢が見えてくる! マヤのバカル王にとって長寿の秘訣だった“カカオドリンク”、チョコレートが人気ゆえに続いた100年の論争、そしてチョコレートも工場で作られるようになった産業革命。他にも“18世紀のインフルエンサー”とも言えるマリ・アントワネットにとってのチョコレートの役割など、様々な切り口で歴史と宗教を学べる一冊です。“チョコレート”というちょっと変わった視点から歴史を学び直す『チョコレートで読み解く世界史』をお楽しみください!

カトリックの影響で家族経営が多いベルギー
日本で有名なベルギーのチョコレートといえば、ゴディバがありますよね。世界中に店舗を構え、味はもちろん、パッケージなども季節ごとに工夫をこらしたマーケティング戦略で世界を席巻したブランド、と言っても過言ではないでしょう。品質の安定した高級感のある商品を大量に提供することに成功した、現代におけるモデルケースです。
しかし、そもそもベルギーでは、地域の人たちに美味しいチョコレートを味わってほしいという思いで続けてきた家族経営のお店が大半です。
なぜだと思いますか? カギとなるのは、スペインのフェリペ2世の時代、16世紀後半から17世紀はじめにかけてのオランダ独立戦争です。スペインの支配下にあったネーデルラント(オランダとベルギー)に対して、フェリペ2世がカトリックを強要する政策をとったため、オランダが立ち向かった戦いです。
このとき、北部のオランダにはプロテスタントが多かったのですが、南部のベルギーはカトリックが多かったので、ベルギーは戦線から離脱し、スペインの影響が残りました。中継貿易の港として栄えたアントウェルペン(アントワープ)は、スペイン軍に占領され、商人たちがオランダに亡命する事態となりました。そもそも、カトリックの考え方では、商売で利益をあげることが蔑視されていたので、ものを大量生産して売り、利益をあげることをよしとしない土地では、商売はやりにくかったのです。
そうした歴史の影響なのか、たとえ日本のデパ地下などに進出していて味に定評のあるチョコレートのブランドでも、ベルギーの首都ブリュッセルにある本店はこぢんまりとした店構えで、創業当初からの小さな工場が今だに店舗の裏手や地下にあって、そこで製造していたのです。
取材をしたお店をいくつかご紹介していきましょう。
薬局から始まった王室御用達ブランド「ノイハウス」
もう20年も前の話になりますが、私が初めてベルギーのブリュッセルを訪れたときに最も印象に残ったのが、美しいアーケード街のギャルリ・ロワイヤル・サンテュベールです。
ここは、19世紀半ばに造られたヨーロッパで最も古いアーケードで、全長約200メートルの両側にカフェやチョコレートショップ、ベルギーレースをはじめ伝統工芸品を扱うお店などが立ち並んでいます。その中に、薬局から始まったという王室御用達ブランドの店、ノイハウスがあります。
ノイハウスの創業は、1857年。現在の場所で開業しました。創業者は、ジャン・ノイハウス。もともとの姓は、イタリア語でカサ(家)・ノヴァ(新しい)といいましたが、スイスで医学を学ぶことになったので、現地語であるドイツ語に変更したそうです。ノイが新しい、ハウスが家ですね。学業を終えたジャンはブリュッセルに移り、この地に薬局をオープンしました。そして、店の地下で薬をチョコレートでコーティングして販売していたそうです。
薬局からスタートしたノイハウスでしたが、ある日ジャンの孫が彼に言いました。
「おじいさんはなぜ、まずい薬にチョコレートをかけるの? ぼくが美味しいものをチョコレートでコーティングしよう」と。
この孫が、3代目にあたるジャン・ノイハウス・ジュニア。彼は言葉どおりに、ペースト状のナッツに砂糖を混ぜたクリームをチョコレートで包んだ「プラリネ」を生み出しました。さらに、一口サイズのチョコレート「ボンボンショコラ」も考案しました。
こうして美味しいチョコレートを開発したノイハウスは、チョコレートを贈る習慣も広めたといいます。クッキーやケーキなどの焼き菓子などと違い、美味しいチョコレートを自分で作ることは、まず不可能で(自宅で作るという場合、単にチョコレートを溶かして型に入れたり、トッピングをしたりするだけのことになるので)、チョコレートはプレゼントをしたり、買ってきたりして食べるものだということですね。
ジャン・ノイハウス・ジュニアの妻、ルイーズも優れたアイディアの持ち主でした。チョコレートを贈るときに、上品に美しく、しかもチョコレートが壊れにくいギフトボックスを考案しました。台形を逆さにしたような箱で「バロタン」と言います。今ではデザインも形も豊富になりましたが、100年前には画期的なことでした。特許を取らなかったので、今では多くのブランドがこの形の箱を採用しています。